〈書評〉新海誠著 『君の名は。』(2016.10.16)

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原作小説だからこその感動


「君の名は。」は周知の通り、今年の夏の終わりから大ヒットし、興行収入120億円を突破した話題のアニメ映画である。田舎の女子高生の三葉と、東京に暮らす男子高校生瀧の、2人の魂が入れ替わって恋に落ち、しまいには1つの町を救う物語だ。この映画の原作小説は、映画完成3か月前ほどに完成し、新海誠監督自身が書いたものだ。
 
まずはアニメと小説の表現の違いに触れよう。
 
もちろん、映画と違って小説からは音楽が聞こえないが、三葉が登校するシーンで「私は頭の中で、壮大なストリングスのBGMを流してみる」などという表現があるように、随所で音楽を意識している。また、終盤、社会人になったヒーローとヒロインがお互いを探している場面では、RADWIMPSの曲の歌詞を意識した台詞が出てくる。小説とアニメをリンクさせようという意図が見られ、原作小説ならではだといえる。
 2人が入れ替わっている場面をアニメでは短いカット割りで三葉と瀧を繰り返すことで表現していたが、小説では一人称の「私」と「俺」を同じ文章の中でも混合させることで表現している。これは小説ではあまり見ない、ライトノベル的表現だともいえて、文学に慣れている人には不快かもしれない。
 
なによりも、小説ではキャラクターの顔や体は見えない。文章で説明しているのだが、読者の想像に頼っている。アニメを見ている時の、瞬間的に「可愛い」「かっこいい」と思う感覚的な快楽はない。特に、性的なアピール、つまり三葉の長くて細い脚や、胸や、パンチラや口噛み酒のシーンはアニメならではの表現で、小説ではインパクトがない。走る時の躍動感も小説にはない。新海誠の極致は美しい背景や空の絵であり、特に映画「君の名は。」では誰もが見たことある東京を、三葉の憧れを投影したかのようにきらきらと描いている。ルナールが「10語を越える描写はもうはっきり目に見えない」といったように、新海誠の風景の情報量を言葉だけで伝えるのは難しい。
 
では、小説化の意味はなんだろう?
 
まず、小説では言葉の力が強く、物語の核心がわかりやすい。氷に包まれた彗星の内部から岩が落ち隕石となり、三葉の住む糸守町は滅びるのだが、彗星の分裂を小説では「片割れ」と表現していることで、割れた彗星は三葉と瀧を象徴していることがわかる。元々ひとつであった2人が分かれてしまうことを表しており、アニメでは細胞分裂やへその緒を断ち切るシーンを挟むことで、三葉と瀧の結びつきが前世から約束されていたような、神秘的でかけがいのないものだということがわかる。アニメと小説それぞれの方法で、主人公たちの絆の特別さを表しているのである。愛する人との一体感の喜び、そしてそれを失い忘れてもなお残る欠落感は、若い世代の共感を呼び、映画をヒットさせたのではないか。また、他にも小説では「人はそれを記憶に留めようとする。なんとか後の世に伝えようとする。文字よりも長く残る方法で。彗星を龍として。彗星を紐として。割れる彗星を、舞いのしぐさに」という表現がある。ここから、由来がもう知られていない組紐や舞いも、来るべき彗星を人々に伝えようとしていたことがわかる。祖先からのいつの間にか忘れ去られてしまった伝承、自然災害はどうしても東日本大震災を思い出させる。
 
あとがきで新海誠は「大切な人や場所を失い、それでももがくのだと心に決めた人。未だ出逢えぬなにかに、いつか絶対に出逢うはずだと信じて手を伸ばし続けている人。そしてそういう想いは、映画の華やかさとは別の切実さで語られる必要があると感じているから、僕はこの本を書いたのだと思う」と語っている。映画「君の名は。」はエンタテインメントとして作ったという。監督が伝えたかった物語のメッセージは小説版でこそ伝わるということだろうか。
 
私は小説を読む時は美しく洗練された無駄のない文体を堪能したいし、情景と心情とのシンクロを感じ、緻密な描写や構成に嘆息したい。その点、小説「君の名は。」は稚拙である。だが、読後はなぜか感動してしまう。それは映画を先に観たからであり、私は原作小説を読む前に映画を観ることをおすすめしたい。美しい映像の余韻を楽しみながら、映画を作るにあたってたくさんのスタッフが練り直しているプロットを追う。新海誠が強く伝えたかったメッセージが映画と小説の両媒体によって深く理解できる。その意味で、作者の個人的世界の吐露になりがちな多くの小説を読むことでは味わえない読書体験が、小説「君の名は。」ではできるのだ。(竹)

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