〈書評〉権赫泰著、鄭栄桓訳『平和なき「平和主義」 戦後日本の思想と運動』(2016.09.16)

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いま、「平和主義」を再考する

「平和主義」という概念は、戦後71年が経った今でもなお、日本国内で一定の影響力を保っている。直近の事象としては、2015年9月に国会で強行採決された「戦争関連法案」に反対した諸勢力が、立憲主義、民主主義と平和主義・憲法9条を与党の横暴から守ることを唱え、国会内外で法案の慎重な審議を求めるとともに、数~十数万人規模のデモ・集会を繰り広げるなどしたことがあげられる。しかし、「戦争関連法案」は結局採決され、日本の「自衛隊」は海外で戦争を行えるようになった。 思い返せば、戦後の日本において「平和(主義)」を唱え、守ろうと主導するグループは、本人たちがそれをどう総括しようと常に負け続けて来たといえる。警察予備隊―保安隊―自衛隊。安保法、米軍基地。米国の核兵器。ここ数十年でもPKO協力法、有事法制、その他様々な例をあげることができよう。しかも、これらの「平和主義」に抵触する様々な法案・制度が導入されながら、それを主導した自民党系のグループに対する世論の評価には多少の上下があるが、ほとんどの期間で政権を担当している。 さて、隣国韓国に目を移してみよう。韓国では植民地支配から解放され建国した1948年から1987年に至るまで反共軍事独裁政権が続いた。敗戦後の日本社会が一国内の「平和」と「繁栄」を享受している一方で、その日本による植民地支配から解放されたはずの韓国は、朝鮮戦争、反共イデオロギーを核とする思想弾圧、拷問、民衆への監視、貧困、等々の息苦しい社会を経験した。また、今でも韓国には徴兵制があり、男性は原則として約2年の兵役に就かなければならない。 本書はこのような両国の対照的な状況について、冷戦体制下における米国の対アジア戦略の産物であるとして、日本には「兵站基地」、韓国には「戦闘基地」の役割が与えられており、それぞれに日本の自民党長期政権と韓国の反共軍事独裁政権が適合的な政治体制だったと述べる。そして、自衛隊・在日米軍・米国の核の傘という軍備がありながら、軍備を禁止する憲法9条も持ってきた日本の「戦後」の矛盾、日本の「平和主義」の持つ問題点を明らかにしようというのが、本書の企図するところである。章構成は次の通りだ。 「第1章 歴史と安保は分離可能なのか 韓日関係の非対称性」 「第2章 捨象の思想化という方法 丸山眞男と朝鮮」 「第3章 善隣学生会館と日中関係 国民国家の論理と陣営の論理」 「第4章 国境内で「脱/国境」を想像する方法 日本のベトナム反戦運動と脱営兵士」 「第5章 団塊の世代の「反乱」とメディアとしての漫画 『あしたのジョー』を中心に」 「第6章 広島の「平和」を再考する 主体の復元と「唯一の被爆国」の論理」 「第7章 二つのアトミック・シャイン 被爆国日本はいかにして原発大国となったか」 現在の日韓関係から思想史、平和運動、漫画に至るまで、著者の幅広い知識と鋭い批判意識が披歴されている。全てを紹介する余裕はないので、ここでは章の内容ではなく著者が論の前提としている2点を示すにとどめておきたい。 まず、著者は、「平和主義」という概念が日本において「麻酔剤」としての働きを持つと指摘している。この「麻酔剤」には、自衛隊、在日米軍、日本が米国の核の傘下にあることなど、「平和」とは程遠い日本の「現実」を隠ぺいする効果があるという。日本は世界的に見て充分に武装しているにもかかわらず、「平和」であるという言説が流通していることによって、他国・隣国の軍事的行動に対して一方的に過剰に反応してしまうのだ。こうした「平和主義」は〈平和主義国家日本〉というような〈平和ナショナリズム〉とも結びつき、日本の「現実」を歪曲して、誤ったイメージを人々に与えることになる。 また、日本の「平和主義」では、旧植民地に対する加害の記憶が忘却されているとも筆者は述べる。戦後日本の「平和主義」の出発点は「アジア太平洋戦争」あるいは「十五年戦争」への反省ではあるが、日本が行った植民地支配についてはいまだ十分な反省・補償がなされていない。そんな日本社会の「平和主義」を守ろう、日本の「戦後」社会を守ろうというのは、植民地支配責任を果たさない「戦後」までも守ることになりはしないか、と著者は問いかけている。 本書は日本語で書かれた単著としては著者初だが、日本の「平和主義」の欺瞞性を暴き出してその現在地・進むべき方向性を指し示すとともに、「平和主義」の思想や運動も含め、「日本人」が拠って立つ「戦後」日本社会全体の再考を迫る良書だと言えよう。ちなみに、弊紙は3年前に著者のインタビューを行っている(京都大学新聞2013年4月1日号、5月16日号)。そちらと併せて読むと、より本書の理解が深まるかもしれない。(穣)

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