〈講演録〉吉田寮建築の未来を語る 第二回・会議船バッブンカッ!の航海訓練 (2016.09.16)

Filed under: 企画類
????????????????????
2016年、京大吉田寮棟は築103年を迎えた。老朽化した寮棟を補修するため寮自治会と大学当局が続けている交渉は難航しており、未だ補修のめどは立っていない。
こうした中、建築・自治・ものづくりなどをテーマに、トークをはじめ上映や即興劇といった多様なイベントを実施する「第二回会議船バッブンカッ!の航海訓練」が、7月16日から2日間、吉田寮食堂において開催された。吉田寮およびセルフビルドを中心に創作活動を展開するサマースクール「高山建築学校」の有志が企画。吉田寮や高山建築学校の外部からも関心を持つ人がイベントに多く参加し、互いの考えを深め合った。
17日には「吉田寮に思いを寄せるディスカッション」と題し、元京大総長・尾池和夫氏が招かれ、京都造形芸術大学大学院教授で建築家の岸和郎氏と、吉田寮の思い出から今後のあり方まで縦横に語り合った。吉田寮生など聴衆も積極的に意見を出した。 (編集部)

対談者

◆尾池和夫
1940年、東京都生まれ。63年に京大理学部地球物理学科を卒業。第24代京都大学総長、現・京都造形芸術大学学長。地震学者。著書に『変動帯の文化――国立大学法人化の前後に』(京都大学学術出版会)や『四季の地球科学 日本列島の時空を歩く』(岩波新書)などがある。
◆岸和郎
1950年、神奈川県生まれ。78年に京大大学院修士課程建築学専攻を修了。京都大学名誉教授、現・京都造形芸術大学大学院教授。建築家。代表作品に『日本橋の家』(大阪市浪速区)や『KIT HOUSE』(京都市左京区)などがある。

イベントが実施された吉田寮食堂は築127年の歴史を持ち、日本最古の大学建築物といわれる。1986年に大学当局によって一方的に炊事担当者を配置転換されたことで食堂としての機能を停止した。以降は寮自治会の集会や各種サークル・団体の活動の場として利用されてきた。
吉田寮食堂は96年に学生集会所とともに一部を火災焼失している。現在利用されているのは焼失を免れた部分だ。2015年に補修が実施されたが、歴史を感じさせる雰囲気は今なお残っている。

学生時代を振り返る

 僕が京都大学に入ったのは1969年です。69年とは世に言う大学紛争の時代で、東京大学の入試が唯一無かった年です。ですから、東京大学にしようかと思ったのに東大の入試がないものだから、京大を受けました。高い倍率で通るわけないと思って発表は見に行かなかったんですけど、見に行った友人から「お前の番号あるみたいだぞ」とか言われて、急いで見に行ったという思い出があります。
69年の京大はどんなだったかというと、まず吉田がロックアウトされている。つまり色んな所に色んなものが置いてあって入れない。もちろん授業もありません。僕らの年は入学式が10月15日。2週間だけ前期があってすぐ試験、というような時代です。本部もロックアウトされていて、入ろうと思っても先生は入れない。それが2年くらい続いて、3年目くらいからは普通に4月から前期が始まりました。
昼ごはんを食べるときは教養部の生協でご飯を食べるか、少し足を伸ばしてこの吉田寮食堂に来てご飯を食べるかという選択肢がありました。みんなが食べている吉田南の生協ではなく静かな所で食べたいと思って、まさにこの部屋で食べていました。当時カレーライスが60円。夏メニューで冷麺か何かがあってそれも60円。たしかご飯と味噌汁は食べ放題で、アジフライか何かの定食がありました。

尾池 寮に食堂があって味噌汁とご飯が食べられるのはやっぱり良いですね。物が食えるっていうのは大事なことでね。僕は宇治の寮に入っていたけど食堂は無かった。周りにも外の業者の食堂しかなくて、大変な思いをしました。

保存の訴えに足りないもの

聴衆 尾池先生が総長だった時、寮とのやり取りはどのような感じでしたか。

尾池 特に何にもなかったと思う。寮生個人とのやり取りはあったけれど、寮とのやり取りはあんまりよく覚えていないですね。

聴衆 耐震調査の時はどうでしたか。

尾池 淡々とやっていましたね。やらせるやらせないとかそんなやり取りはなかったと思う。僕が副学長をやっていた時は、どちらかというと落書き問題(※1)が続いていてそっちにかかりっきりでしたね。

聴衆 僕は東大出身なんですけど、入学した時は駒場寮がありませんでした。東京ではせいぜい法政大学に、寮というよりクラブ棟のようなものがあったかなという感じです。西の方では京大くらいしか僕は分からなかったんですけど、今も学生自治においての一番星みたいになってしまっているところが現状として京都の学生にはあるんじゃないかって。

尾池 山形大学もですね。山形大学の寮の廃止を巡っての映画(※2)が残ってるでしょう。

聴衆 むかし法政大学にいた大江宏さんという建築家の方が設計した戦後初期の建物が、大学の方針で建て替えられるという話があって、数年前までOBが中心になって存続団体、委員会のようなものを結成していた。そのとき僕が気になったのが、法政大学の建築学科の先生が、法政出身であってもそこまで肩入れしていなかったことです。大学の先生だからというのがあるかもしれないですけれど。今回、吉田寮も仮にOB会だとかが組織化するのか、教師側との連携を図っていくのかというのに興味があります。

尾池 無いでしょう。そもそも吉田寮の設計者が誰かは分かっているんですか。

聴衆 山本治兵衛と永瀬狂三です。

聴衆 江戸時代末期から明治時代にかけての人で、建物を芸術品として作るよりは学校建築として造るという感じでした。

 京大には山本治兵衛の建物が結構多かったんだよね。
法政の55館は戦後の近代建築史で有名な作品だから、あれを残そうというのに賛同する人は多いはず。ただ吉田寮の場合は、山本治兵衛という設計者の名前は分かってるけれど、近代建築史に名を残すタイプの人ではなかったので、その作品をどう評価するべきか、おそらく色々な切り口があります。建物を文化財として評価するときに、建物そのものが文化的価値のあるものだという話と、その場所で行われた人間の営為の方が重要で、それを許容していた建物だから重要だという2つの見方があると思うんです。
吉田寮の建築的価値と法政の55館と比べたとき、法政のほうが建築として出来がいいとは思うんだけど、ここの建物の中でいろんな人間の歴史が展開していったり積み重なっていったりという場所の歴史でいえば吉田寮はなかなかの場所だと思う。でも、ここを保存しようとすると新しい論理が必要です。 この建物は建築の教科書には出てこないから、保存すべき価値を訴えるなら別の切り口を戦略的に用意しないといけない。

尾池 僕の中では保存すべきかどうかという判断はできていませんが、吉田寮棟がどういう建物なのか、ひとつの報告としてきちんとまとめる必要があると思います。

 最初に調査に入ったのは多分、1975年頃でした。日本建築学会で、その時は建築史学会ってまだなくて、日本建築学会の歴史支部が日本全国の近代建築調査をやっていた。
その頃僕は建築学科の大学院生で、京大キャンパス内の建物を調査しました。

聴衆 『京都大学建築八十年のあゆみ』(※3)?

 そうです。それからはちゃんとした調査はされていないと思います。

(※1) 2000年から02年にかけて学内で相次いで起こった差別落書き事件。大学当局の対応に不満を抱く学生有志が、当局に対し幾度も「事実確認会」を行った。
(※2) 『泥ウソとテント村―東大・山形大廃寮反対闘争記―』。2004年公開。
(※3) 工学部建築学教室建築史研究室が中心となって実施した、京都大学の歴史的建築物に関する調査 ・研究の結果をまとめた書。1977年刊行。

建築保存の基準とは

聴衆 意思決定がどう行われているのか。例えば山極さんがここを保存したいと言った時に、理事会があるわけですね。文科省と厚労省から一人ずつ理事が来る。でも、寮を保存するとか建て替えるとかいうのは誰がどこでどういうふうに決めているんですか。

尾池 いろんな段階がありますからね。国立大学だったときと法人化した時は違うでしょう。どう決定するかは杓子定規に決まってるわけではないのです。やっぱり論争する訳ですよね。色々な背景、いきさつもあって、もろもろが決まっていくわけです。こういう仕組みで決まりますなんてことは言えないと思います。

聴衆 例えば文学部の赤松元理事とか、明らかにこの寮にシンパシー持ってたような気がします。一方でやっぱりこんな寮つぶしたいっていう理事も多分いる。結局その間のパワーバランスでずっとここまで来ていると思います。

尾池 そんな闘いはしていないと思う。吉田寮の問題を真剣に議論しているなんて聞いたことがない。

聴衆 そうなんですか。こちらから見ると全くのブラックボックスなんで、上の方でどういうことになっているのか分からない。

尾池 本部から見てもブラックボックスです。

聴衆 ではなぜ今回吉田寮の入寮募集停止要請(※4)などというものが出ているのでしょうか。

尾池 それは文科省の方針でしょうね。もう早く何とかしろと言われてるんだと思います。いつまでも置いておく理由がないからね。

(※4)2015年7月より、大学当局は吉田寮自治会に向けて入寮募集停止を要請する通知を繰り返し出している。これに対して寮生らは、通知が一方的であるなどと抗議した。撤回に向けて交渉を試みてきたが、現在は停滞している。

明かされない 予算の額面

聴衆 管理者の経験が長かった方々にちょっと聞きたいんですけども。学校の運営する寮には、管理者などの人件費が毎年かかると思いますが、自治寮だとそれほど掛からない。それが10年20年と積み重なってくれば自治寮の意味は大きいと、学校が判断するということはあるんでしょうか。

尾池 ないでしょうね。短期で採算が取れるというのが基本にあるんじゃないのかな。
国策として、外国人のためにタダの寮を作るとか、そういう思想が無いでしょう。そういうことは中国が典型的にやってますよね。ものすごく設備を充実させて、食堂も大きいのがあって、ハラールでも何でもあって、すごく安い。一つの大きな町みたいになって、銀行まである。そういった所がどんどん出来ている。これは敵わないですよね。

聴衆 すごいお金をかけて西寮が建っていくときに、焼け跡(※5)が掘られるのを見てすごく寂しかったんですよ。僕達の遊んだ土を、全部持っていくのかと横目で見ていました。

聴衆 いくらくらいかかったんですか。

聴衆 西寮の建造や食堂の補修を合わせて11億くらいだったかな。

聴衆 現棟の補修では、僕らが頼もうとしていた、本当に必要な補修だけやってくれる所の見積もりは4500万くらいだったんですよ。なのに耐震補強の調査だけでずいぶん掛かった。もっと計画的に予算を使えるように寮務掛と話ができていれば補修できたのに、という所が結構あります。

聴衆 結構寮務掛とも色々交渉したりもするんですけど、もはや日常的な補修すら全て通すのは難しいという感じで。

聴衆 それはどうして?

聴衆 とにかく予算が厳しいと。

聴衆 そうなんだ。でも予算が結構余って年度末にあわてて使うみたいな年もあったんだよ。ここ数年の寮の補修予算がどういう変遷を辿ってて何に使われているのかはちゃんと調べた方がいい。

聴衆 予算の額面が、4寮合計でいくらかかるというのがあって、そこから引いていくという形になるんですけど、その額面自体を学務部が教えてくれない。

聴衆 副学長情報公開連絡会の場で訊くことはできないの?

聴衆 今年3月くらいから、「今月は中止します」というのを繰り返されています。

尾池 せっかくの良い制度なのに(笑)。大学で起こっていることで知りたいことはいっぱいあるだろうから、それを分かるように説明するという仕組みが無いとまずいですよね。それを訴えていく力がもっと学生自身に生まれてこないかなとは思います。京都大学の名誉教授が自治に口出しするのは良くないから慎んでおきますけど、そこは大いに頑張ってほしい。

(※5)1996年に吉田寮食堂及び学生集会所の一部が火災焼失した後、残った広場で、学生の自主活動に利用されていた。2015年3月に新棟(西寮)が建設された。

「ビジョンを見せる活動」を

聴衆 大学当局と交渉の場で会うだけではなく、この建物を一緒に学びの場にしようとしている建築学科の学生ともっと連携を図る必要がある。今日提案されたように、保存活動の新しい切り口を探せるから。

聴衆 僕はこの企画の発起人の一人で、高山建築学校というサマースクールに参加しています。そこで一緒の元吉田寮生から、京都で学校の説明会がしたいっていう話と、もうひとつ今吉田寮の老朽化のことで相談を受けているという話があったんです。だったらそれを一緒にやろう、つまり高山建築学校の人が吉田寮に来て会議をして、スキルが学べるとは言いませんけど、モチベーションを持って帰る。そうすれば見たこともないような自治寮が蘇るというか立ち上がるんじゃないか。そういうストーリーを思い描いて企画をさせてもらいました。

聴衆 やはり頼んで大規模補修をやってもらうとめちゃくちゃ綺麗なものになってしまうんですよ。吉田寮はきっと今の吉田寮じゃなくなる。年間100万円くらい適当な修繕費が大学の予算で毎年あって、年度末に使いきられてないと適当にイチョウの木とか伐っていく。そんな使われ方するんだったら余った修繕費を壊れた配管の水漏れ修理に回せばいい。

聴衆 この企画のプレイベントとしてトイレの掃除をしたんですけど、なかなか寮生の協力が得られなかった。今回のイベントでも参加してくれる人が少ないんですよ、実は。
寮生がもっと自力補修に目を向けてくれたら。たとえば配管が壊れて、小便器の水が流れていかなくて使用できなくなってるんですけど、その配管を掘るという作業を寮生みんなでやったら。ジブリの映画に『柳川掘割物語』がありますが、そこでは掘割を地域住民が自治として掃除していく。面倒なんだけどやっていくことでコミュニティがもう一度戻ってくる。そのストーリーを吉田寮でも自力補修とか自力インフラ工事みたいなことでできないかと思うんですね。予算がだいぶ浮くと思う。
それを全国に向けて発信することで、大学生というのは勉強して就職したらいいってだけじゃなくて、生活の中で、文化なり生きていくスキルなりを養っていくことができるということを京都から日本中の大学に向けて発信するストーリーがあり得るんじゃないか。それが前向きな、現在進行形な保存活動、みたいな。保存よりももっと上を行く、もっとビジョンを見せる活動が、議論の中で湧きあがってきたらいいなという期待があります。

(敬称は全て略)

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095