〈映画評〉『帰ってきたヒトラー』(2016.7.16)

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現代社会に溶け込む「本物の」ヒトラー

かつてナチスを率いた独裁者、アドルフ・ヒトラーが現代ドイツに甦ったらどうなるか?タブーとも言えるこの問題に挑戦し、ドイツで賛否両論を巻き起こした同名の原作の映画化である。

2014年、ヒトラーがドイツのとある公園で目を覚ますところから物語は始まる。テレビ局をクビになった青年ザヴァツキが、ヒトラーを本物そっくりの芸人だと思い、自分の仕事復帰のために番組制作を持ちかけてくる。2人はドイツ各地を旅し、ヒトラーが人々の声を聞いて回るという番組を作る。この番組の映像がユーチューブで話題になり、記録的な再生数を叩き出すと、ザヴァツキは自分が勤めていたテレビ局にヒトラーを売り込む。ヒトラーは局長のベリーニに気に入られ、お笑い番組に出ることになり、「本物そっくり」の演説で人気を博していく。

原作小説の冒頭「本書について」で、作者ティムール・ヴェルメシュは、読者が「最初は彼を笑っているはずなのに、いつのまにか彼と一緒に笑っている」と書いている。「ヒトラーとともに笑う――これは許されることなのか? いや、そんなことができるのか?」

実際、原作小説も笑いの要素が満載だが、映画ではより一層強烈だ。大真面目に時代錯誤な発言をするヒトラーと、周囲の人間とのかみ合わない会話や、滑稽な失敗を繰り返す彼の姿には笑わずにいられない。だが、映画が進むにつれて、私はいつの間にか笑えなくなっている自分に気づいた。観客が笑っている間に、ヒトラーの存在はドイツ社会にしっかりと根をおろしてしまっていたからだ。

今もナチスやヒトラーがタブーとされるドイツで、復活したヒトラーはあまりにも簡単に受け入れられてしまう。もちろん、彼を支持する登場人物の多くは、かつてのナチスの行為は許されないものだと認識している。彼の成功を後押しするベリーニ局長も、本物だったら出演させるわけにはいかないと語り、彼の演説も著作や映画も全て風刺だと思っている。「偽物」と思われているからこそ、彼は成功を収めるのだ。だが、そこにいるのは「本物の」ヒトラーだ。第二次世界大戦を引き起こし、ホロコーストを実行した、その時代と全く変わらない考えを抱き続けるヒトラーなのだ。本物の彼が、インターネットを使い、テレビ番組に露出し、ユーチューブで話題になる。現代の生活に溶け込んだ彼が、現代のメディアを駆使し、人々の心に入り込んでいく。政治に不信感を抱く人々は彼に、外国人流入への不満を訴え、ヒトラーは「私に任せてくれ」と応じる。人々の声に支えられて、彼は力を伸ばしていくのだ――70年以上前と同じように。

後半、ヒトラーは1冊の本を出版する。公園で目覚めてからの自身の体験を綴ったもので、タイトルは「帰ってきたヒトラー」、すなわちこの映画の原作である。ヒトラーの前髪とひげを模した原作小説の表紙絵もそのまま、著者名だけがアドルフ・ヒトラーとなったこの本は大ヒットし、ザヴァツキの監督で映画化までされるのだ。ここで映画の世界と現実が交錯する。原作小説の作者の名が、実はヴェルメシュではなくヒトラーだったら? この映画の監督がザヴァツキだったら? もしも本物のヒトラーが、実は既に復活していたとしたら? そんな想像をかき立てられる。

現実には、ヒトラー本人が生き返るなんてありえない。だが、ありえないで終わって良いのだろうか。「本物のヒトラー」たりうるのは、何もヒトラー自身だけではない。彼に近い考えを持ち、同じような手段を用いて人々を誘導する人間が、現代にもいないとは言い切れない。(雪)

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