瀬戸口浩彰 人間・環境学研究科教授「二つの『福』で」(2015.12.16)

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47都道府県のなかで「福」がつく県は三つある。どんな思いを込めて名付けたのだろうか。いま私はこのうちの二つの県で、しかも渦中の真っ直中にある町で研究をしている。

一つは福島県の大熊町。例の原子力発電所が立地している自治体で、町民は一人も帰還できていない。私の専門は陸上植物の進化学で、事故当時には琵琶湖に陸封された海岸生の植物がNaの代わりにKを大量に吸収する性質を研究していた。周期律表でセシウム(Cs)はNaやKと同じ族にある。海岸生の植物を利用しCsを除染できないだろうかと、短絡的な思考で試したのが始まりだった。試行錯誤の結果、大根の野生種であるハマダイコンが葉に大量のCsを蓄積し、しかも成長阻害を受けないことを確認した。次に、土壌に結合したCsを剥がす方法である。これにはシドニー大学に居たときの経験が役立った。シドニー郊外に多いバンクシアという植物は、クラスター根という特殊な根からレモン汁のようなクエン酸を分泌して岩を溶かす。そしてリンなどの栄養分を吸収するのだ。大熊町の汚染土壌でもpHを酸性にしてみたところ、これが上手くいった。いま葉への移行係数は生育期間2ヶ月で0・13ぐらいと、とても高い。いろいろな経験をしておくと、妙なところで役立つことがあるものだ。

こうした一連の実験は、大熊町の現場で行ってきた。町の職員が協力してくださるのだが、京都から通うのは大変だ。伊丹を朝一番に出る飛行機で福島空港に飛ぶと、9時過ぎに着く。そこからレンタカーを運転して途中のICで大熊町の公用車に乗り換える。帰還困難区域での実験なので、全身を防護服で覆い、特殊なマスクを付けて作業をする。夏は大変である。防護服の中は蒸し風呂だ。手袋は泥だらけなので、途中で給水や食事は出来ない。脱水症になっているのか、幸いにしてトイレに行くことはない。真夏の作業では、腰を伸ばすために空を見上げると立ち眩みすることが何度もあった。

それにしても、広大な面積が事故で一瞬にして使えなくなるものだ。除染済みの農地でも、法面は除染の対象外なので高い線量を出していることがある。国は「農地の除染はする」と約束すると、ホントに農地だけを除染して、農道から田畑に降りる法面は対象外にしている。町中の山林も帰還困難区域も除染の対象外だ。だから除染をしても、未除染の場所から風で粉塵が舞い、線量が異常に高い場所が作られる。誰でも自宅の掃除は「高い場所から低い場所へ」するであろう。杓子定規な思考しか出来ず、他者の生活に想像力を働かせることも出来ない国家公務員は、禍根だと思う。

3年目になる実験はまだ途上だが、町が割り当てて下さる農地が段々と広くなり、実証段階に移った感がある。大熊町の職員は前向きである。タフな交渉をして農地に太陽光パネルをたくさん敷き詰め、東電の社員寮に食事を供給する給食センターを作り、いまは帰還予定地域に上下水道を埋設する準備をしている。長いおつきあいを通して、事故発生当時の出来事やその後の皆さんのご苦労を知った。こうした大変なことをやり抜いた立派な方々と接していると、「お前のやっていることは自己満足ではないか?」という自責の念にかられる。

もう一つの福は、福井県である。3年前に、高浜町にある青葉山で希少植物の保護研究を始めた。教育委員会から許可申請を頂いて調査を始めた初日、山に登る私たちに10人ほどの地元の方々が同行してきた。高浜と言えば、原発の2基が再稼働を申請した地元である。福井県や国は、地元が再稼働に同意しない事態を恐れて、高浜町に多額の予算を配分している。いわゆる箱物建設費である。しかし町では廃炉後の将来のことを見越して、自然の保護や山の観光資源の価値向上を考えたらしい。私たちは京都府立植物園の協力を得て、希少植物の増殖を地元の「里親」に依頼して育てるシステムを作った。小中学校の児童生徒や町民の皆さんが多数参加してくださった。この10月には一部の個体を山に植え戻す行事も行った。

そんなことを進めている昨年のある日、常宿の裏にある小学校でヨウ素剤の配布があった。いま町民のほぼ全員が、これを家に備えて暮らしている。避難訓練も行っているが、想定は南風。北風が吹くと避難は困難になってしまうそうだ。批判的な人は、事故が起きたら神風が吹くと揶揄している。大熊町を見てきている私には、何とも歯がゆい。しかし京都大学で研究に電力を大量消費している一人として、私は何を語ったら良いのか、ためらってしまう。福島と福井、ともに「福」という字をもらいながら、「厄」を押しつけられ、時間をかけて受容してきた大熊町と高浜町。いま二つの町が置かれている状況は、あまりに対照的である。私たちはここから何かを学ぶ感性を持ち合わせるべきだと考える。

(せとぐち・ひろあき 京都大学国際高等教育院人間・環境学研究科教授)

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