吉川研一 理学研究科教授 「時代の流れに逆らって」(2008.03.16)

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<権力に媚びないからできること>

最近当選した、京都近辺の知事が話題を振りまいている。軽薄なパーフォーマンスは滑稽でさえある。その時代の指導者は、その時代の知性のレベルを反映しているとすると、いかにも、品格の無い時代になったものである。

個々の人間には、尊厳があり、そのプライドを反映した拘りがあってしかるべきであろう。美意識を失っていない人であれば、権力を手にしてもむやみに威張ることはないであろう。しかしながら、今の時代はどうも、この知事に代表されるように、上にへつらい、下に奢るのが、“空気を読める”人たちの生き方のようである。このような人たちは、“勝ち組”の方につき、その分け前をもらうのが、賢い選択であると思っているのであろう。一方、(KYと称されている)空気を読めない人たちに対しては、仲間はずれにされても、当然であると見なす。一昔前の、小中学校でのいじめの幼稚さ・陰湿さが、子供の世界から大人の人間関係に、さらには、社会全体に蔓延してきている。このような、今の時代の“空気”の中で、どのような人生を選択するのかが鋭く問われている。

“空気”を読むということは、なにも考えない人間にとっては容易なことであろう。人に迎合して、強いものに逆らわないようにすれば良いのであるから。社会全体が、ある種の“空気”に流されている現代、大学に学ぶものとして、いかなる態度が望まれるのであろうか。その答えは明白であろう。もし大学で学ぶことが、その時代の流行を追い求めることであり、既成の権威を守るためのものであるなら、いずれは、社会を構成する人々から、大学での研究や学問は不要のものであるとの烙印を押されることになるであろう。ただ、現実的には、その時代の権力者、すなわち、政権政党、財界、そしてそれを補完する官僚に対する受けは、“空気”を読み、流行に乗る者の方が良い。そのような者が勝ち馬に乗り、当面の利益を得ている。時代の“空気”を読んで目の前の利得を重視するのか、あるいは、美意識を源とする拘りの方のほうを大切にするのか、といった選択が君を待ち受けている。私は、短期的には、一見時代の流れに逆らって生きているが、長い視点では、新しい時代の創造者となる、そのような生き方のほうが、“美しい”と思うがいかがであろうか。

このように述べてきたことは、京都大学のあるべき姿を考えるときにも重要となる。

<大学で学ぶとは>

大学で学ぶということは、これまでの人類が築きあげてきた知的財産をそのまま受け継ぐ事では無い。むしろ、これまでの学問を批判的に捉え、将来への展望を切り拓くことこそが基本である。ということは、たとえノーベル賞学者が唱えていることであっても、そこには、間違いや思い違いの可能性がある。どのような学問的な権威に対しても、毅然として、意見を主張し、議論を戦わせる中で、なにがより真理に近いのかを明らかにしていく、それが、大学での“正しい”学び方である。より具体的には、相手が大学教授であろうが、大学一回生であろうが、真理の前には平等であることを前提とするのが、大学である。もちろん、教授と学生の間には、学問に対する経験の差があるのは、当然であり、議論の仕方にも一定のマナーは望まれる。しかし、学問をするものが権威に振り回されることはあってはならない。

<京都にて学ぶ>

時がたつにつれて評価が高くなるような学問・研究は、当初は、その意味が学会において理解されずに、注目も浴びないことが多い。湯川・朝永の研究や、福井謙一の化学反応理論など、いずれも、国内ではその意義があまり理解されなかった。このことは、時流に乗ることなく、自らの頭で未開の地を切り開いていくことの重要性を教えてくれる。京都で学問をするということは、時流に振り回されずに、深く学問を究めることのできる、そのような環境に自らを置くことでもある。権力や情報の中枢からは、遠く離れた京都においては、その時代の“空気を読み”、流行を追おうとしても、必然的に、東京には負ける。このことは、その時代の”空気を読む”ような研究に執着する必要性は無いことに、京都に学ぶ学生を気づかせてくれる。逆に、まだ誰も注目していないが、ものごとの本質に迫るような学問に取り組むことのできるのが、京大であると言っても良いであろう。流行を追うような研究は、研究費などの条件さえ揃えば、ある意味では誰でもできる仕事である。熾烈な競争が繰り広げられている研究分野に首を突っ込み、誰でもできるような仕事に、人生の限られた時間を無駄に浪費することは無用であろう。権力や情報の中枢に身を置くと、このような当たり前のことに気付くことが極めて難しくなる。

先人の築いてきた学問を、批判的に摂取し、時代の波に飲み込まれずに、ロマンのある学問・研究を行う。それを、可能にするのが、この京都の地である。

京大にて学ぶ機会をえた、新入生諸君。権威を打ち破り、新しい時代を切り拓く、そのような学問をすることのできる場に、君たちは居る。君たちが、個性溢れる夢を育てることを期待したい。

<KY>

読者は、すでに気付かれていると思うが、実は、私のイニシアルはKYである。空気を読まず、権威に諂わない、そのような生き方を志向しているものとして、これからも、KYのイニシアルは大事にしていきたいと思っている。



よしかわ・けんいち 京都大学大学院理学研究科 物理学宇宙物理学専攻 教授

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