大いなる変人として生きよ 「京大おもろトーク: アートな京大を目指して」(2015.08.01)

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第2回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」が7月30日に京都大学百周年時計台記念館二階 国際交流ホールⅠ・Ⅱで開催された。司会はNTアソシエイツ取締役の中津良平氏であり、パネリストは京都大学人間・環境学研究科教授の酒井敏氏、また京都大学農学部資源生物科学科4回生の大塚亮真氏、そして芸術家である森村泰昌氏の3名だった。第2回目となる今回のテーマは「京大解体」であり、それぞれが思い思いの言葉を来場者に向けて語った。

酒井氏は「京大はすでに解体されている」と述べ、変人やカオスな空間ばかりであった昔と比べ、今の京大はほぼそれが失われてしまったと力説。大学入学早々、教授から「真面目なだけではダメだ。アホなことをせよ」と言われ、鼻をへし折られた青春時代について回想した。大学がどんどん就職予備校化し独自性が失われつつあるが、その中でも力強く個を貫いた「変人」として生きて欲しい、と学生に対する励ましの言葉を贈った。

パネリストの中で唯一の学部生である大塚氏は熱烈なゴリラへの愛情から、「京都大学と言えば、山極総長でありゴリラである」という京大に関する独自のイメージについて語った。自由に学問ができる環境こそが京大の魅力であるとし、学生として何が出来るかを模索し続けたい、と自らの抱負を語った。現在、様々なプロジェクトに取り組んでいる大塚氏は、ゴリラの写真を会場の後方に設営するなど、ゴリラ愛を示す一面も見せ来場者の興味を大いに引いた。

森村氏は、芸術家というユニークな視点から京大を語り、新しい視点に来場者を誘った。スクリーンを目一杯活用した解説により、芸術に馴染みのない来場者でも理解できる内容であった。芸術という視点が大学にもあって良いのではないか、と問う森村氏の言葉には来場者の誰もが頷いた。官僚制等の組織図を芸術作品として示すなど、今までになかった芸術の形態を模索する森村氏には会場から大きな歓声が上がった。

トークイベント終了後には京大近くのイタリア料理店「ラ・クッチーナ古谷」で懇親会が開催された。参加者は自由にパネリストと交流し、様々な質問をパネリストにぶつけた。懇親会では山極総長も参加する予定であったが、都合により欠席した。しかし、第23代総長である長尾真元総長が出席し、懇親会は活気に満ちたまま終了した。(河)

「グレート・ブックス」を考える


7月7日、吉田南構内「環on」にてグレート・ブックス読書会「『純粋理性批判』はグレートブックか?」が行われた。この読書会は吉田南総合図書館の、前総長である松本紘氏が選定した古典を集めたグレート・ブックスコーナーにある図書を題材にしたもので、今回が7回目となる。

グレートブックスとは2度の大戦を経て西洋の価値観が揺らいだ20世紀にアメリカで開発されたリベラルアーツ教育の技法であり、西洋の伝統を形作る古典を学生に体系的に読ませることを特徴とする。カントの「純粋理性批判」はそうした意味では間違いなくグレートブックであるが、日本に住む私たちにとっても読むべき本(グレートブック)たり得るのか。今回の読書会で講師役となった渡邉浩一さんはそれを目標とした。

読書会には文理問わず多くの学生や職員などが参加し、予備知識の程度も様々だったため、渡邉さんは冒頭部である序文を手がかりに、本論ではアンチノミー(弁証論)と空間概念の究明(感性論)の一部を扱った。空間について、カントは、空間があらゆる対象を認識する際の根底にある観念であり、分割不可能で唯一のものであると説明し、空間の認識に基づく幾何学を擁護した、と解説した。

「純粋理性批判」を現代日本に住む大学生として読むべきかどうか。読書会の中であえて結論を出すことはしなかった。渡邉さんは「グレートブックス教育は多くの議論を経て集団としての価値をすり合わせたうえで、カリキュラムを通じて実施されるものである。『純粋理性批判』をグレートブックに数えるか、そしてそれを授業として受けたいか、一人ひとり考えてほしい。」と話した。(奥)

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