「こくばん」に見る京大生 〈第3回〉京大生とアルバイト(2015.07.01)

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「こくばん」は当時の編集員が考えたことを思い思いに書き付ける場であり、時代によってその内容は大きく変化する。第3回目では、1970年から80年に時代を移し、「こくばん」の傾向を分析する。(奥)


1970年代は京大で学生運動が活発だった時期であり、京大新聞のその例に漏れず紙上で活発な議論が交わされている。70年代前半の「こくばん」の話題は年中ほとんど変わらず、政治的に誰かを弾劾するものや、学生運動に関するものが大半を占める。文体はそれまでとは打って変わって叙情的になり、どこか浮世離れしたような印象を受ける。11月祭の時期には祭りについて多少触れられる程度。新入生が入学する時期には、彼らの合格して浮かれた気分に冷や水を浴びせ、大学生として自分の頭で考えるように、といった趣旨のことが書かれている。この時代になると「こくばん」のなかに漫画が登場するようになる。68年に「少年ジャンプ」が創刊され、漫画が身近な世代が大学生になったことの表れだろう。

京都大学新聞は75年4月の創刊50周年記年号の発行で財政が底をつき、3カ月ほどの休刊期に入る。その間に月2回の発行体制にシフトし、紙面も大幅に読みやすくした。復刊後の「こくばん」は学生運動以外の話題も増え、野球の話題やパロディなどエンターテイメント寄りに変化する。これは、「京都大学新聞縮刷版」の前書きによると、時代に即した大学新聞のあり方を議論した結果だという。

以上で見たように、「こくばん」は、時代によって、また在籍する編集員によっても傾向がガラリと変化する。社会問題に関心がある編集員が多ければそういう話題が増えるし、野球好き、漫画好きが多ければそれらに多く触れられる。長い視点で見て編集員の変化を楽しむのも面白いだろう。

以下は1971年3月29日発行の京大新聞に掲載された「こくばん」である。新入生の浮かれた気分に水を差すような前半部と、当時の状況を呈示しつつ、ともに闘おうと誘いかける後半部が印象的である。当時の雰囲気を少しでも感じ取って欲しい。

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何も存在しない。白々しく澄み切った空間の中から、一点の赤い激情を観ながら、とにかく新入生諸君を歓迎したい。

▼この「とにかく」というのに意味があって、素直な歓迎じゃないってこと。当然でしょうが! 君らが入学して喜んでいるからって、ボクらも嬉しいだなんて冗談じゃない、言えるかい! なんで歓迎するかって言えば、まあ、フトコロ具合がいいことと、サークル内若年労働力として位でしょうね。それ以外に自分には理由があると思っているならばそれは慢心ってもんですよ。

▼そんなことわかるはずなのに、ニッコラ、ニッコラして、何がうれしいんだろ?「同学会」費なんか払っちゃってさ。もっともボクもそうだったけど。でもヤツらが悪いんだよね、民青…「同学会費を払わなくては、正式な“京大生”とは認められません」とか何とか…嘘ばっかり、純真(?)な君らダマして

▼いい加減“合格気分”からは抜け切ったここらで、冷静に「学生」としての存在が、自分にとって何を意味するのか位は、みつめ直してもいいころだと思うけど…〈自己否定〉とか〈自己変革〉とか、そんな逆立したものを要求はしない。君に、露骨なまでに〈競争〉と〈分断〉とを強いた高校の、あるいは工専の教育体系は「正解」を示唆してはいないだろうか。

▼七十年が「平穏」に過ぎ、七十一年の春四月を、パチンコ屋で過ごしつつ「平和だなー」と呟きつつボケーツとしている君。君の“目”には見えなくても君の〈存在〉に関わる〈状況〉は益々緊迫の度を増している。〈三里塚〉が〈春闘〉が〈入管〉が…そして四・二八が〈沖縄〉が…

▼君の肩をたたき,こう言っていいだろうか…ともに闘わん同士諸君!(博)

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