〈書評〉朝井リョウ著『武道館』(2015.06.01)

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アイドルである、ということ


アイドルって何なのだ。「猫だって杓子だって名刺を作れば即アイドル」と歌ったのはBerryz工房だが、「アイドル」を名乗るキラキラした人々が世におびただしく溢れるこのご時世、ファンどころかアイドル本人すらこの問いに答えられなくなっているのではないか。アイドルをアイドルたらしめるものって、一体何なんだ。



自身アイドル好きである作者が、女性アイドルの内面を描いたことで話題を呼んでいるこの作品。なるほど、作中で用いられる架空のアイドル用語の多くには元ネタがあり、分かる人ならばニヤリとすることができるシーンも多いだろう。

現在売り出し中のグループ・NEXT YOUに所属する主人公・愛子は、アイドル活動を続ける中で様々な出来事に直面し、葛藤する。「CD売上ドーピング」握手券、新メンバー募集、劣化認定、ブログ炎上、恋愛禁止……。これらは今のアイドル業界においてあまりにもありふれていることばかりだが、夢を無邪気に追いつづけてきた愛子の目には不可解に映る。私はアイドルになりたかっただけなのに、なぜみんな寄ってたかって私の何かを制限したり、とやかく言ったり、邪魔をしたりするの。

いつのまにか常識となっているアイドルのタブー……つまりそれって「普通の女の子として生きること」ではないか。「可愛い人気者でありなさい、けれど恋愛も贅沢もするな」という世間やファンからの両立しえない要求を受けいれなければ、アイドルではいられないのか。私は歌って踊ることがずっと好き、でも同じように幼馴染の男の子が好き。これは二つとも自分自身の中に同居する欲望だ、そう結論付けた愛子は一つの選択をする。


さて、作中に「女性アイドルファンは、アイドルを好きだ……その子がアイドルであるという状態が好きなのだ」という一文がある。そうだ、私もまさにそう思う。生身の女の子が「アイドルになりたい」と思うエゴと、生身の女の子に「アイドルでいてほしい」と願うファンのエゴがぶつかり合うのがアイドル現場だ。

双方のエゴがなければアイドルは存在しえないが、そのバランスが崩れた瞬間、アイドルはアイドルでいることを選択できなくなるのだろう。作者は「アイドルでいてほしい」というファンのエゴ=両立しない欲望を押し付けることだと捉え、その重圧から救い出すために愛子が愛子らしく生きることを選ばせたのではないかと思う。



けれど私はあえて言いたい。この作品もまた、ひとりのアイドルオタクのエゴだ!「可愛いアイドルは我を忘れるほどの恋愛をしたい気持ちを押し込めているはずだ、おばさんになったNEXT YOU元メンバーは円満に再集結できる、そうすべきだ」、そんなものは全部オタクの思い込みだ。強烈すぎるエゴだ。

確かにアイドルとて一人の女子高生であることに注目し、こちら側からは見えないそのキャンバスに作者得意の泥臭い青春小説の世界観を持ち込んで描いたテクニックは秀逸だと言えよう。でもだから何だっていうんだ。アイドルで居続けるために、裏では「人間らしく」悩んでいて欲しいという願いは、恋愛も贅沢もしないでほしいというワガママとどう違うのか。

アイドルをアイドルたらしめるものは、ステージ上の輝き、ただそれだけだ。だからファンにできることは「あの子がステージで輝いている姿を見続けたい」と願い続けることだし、アイドル自身も「他の誰でもない自分が輝きたい」と足掻く。その一致さえあれば誰もがアイドルになれる。アイドルとファンの関係はそれ以上でも以下でもないように思う。その繋がりはあまりに脆くて貴重だ。きっとそれを守りたいから、あれをした方がいいはずだとかしない方がいいはずだとか、色んな人が躍起になってしまうのだ。



おそらくラストシーンのモデルとされたであろう、モーニング娘。OGの武道館ライブ(注)がある。既婚者や母となったメンバー、スキャンダルで脱退したメンバーも、あの瞬間は全員が確かにアイドルだった。それは間違いない。

けれど小説と現実が異なるのは、あの日武道館に立たなかった元メンバーもいることだ。彼女らはもうアイドルにはならなかった。もしくはなれなかった。それにはたくさんの要因があるけれど、少なくともファンが彼女らの様々な事情を肯定したとしても、どうしようもなかったことだ。

アイドルの生身の姿を否定したり肯定したり、そんなことはすべてナンセンスだ。彼女たちが何者であろうと、我々は彼女たちをステージの上でしか見ることはできない。その意味でこの小説は、あくまで一つの妄想でしかない。アイドルが何者か?その本質を知るには、やはりステージを目にするほかないし、それで十分だと思うのだ。(易)

(注)ドリームモーニング娘。スペシャルLIVE2012日本武道館~第一章 終幕「勇者タチ、集合セョ」~

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