「こくばん」に見る京大生 〈第2回〉京大生とアルバイト(2015.05.01)

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生きていくには金がかかる。それは今も昔も例外ではない。学生が金を稼ぐ手段と言えばアルバイトである。2回目となる今回は、46年から70年までのアルバイトに関する「こくばん」をひもとき、当時の京大生のアルバイト事情を振り返る。(奥)

今の学生のアルバイトと言えば、交遊費を稼ぐためというのが一般的であるように思われる。しかし、戦後間もなくは、日本全体が困窮していたため、アルバイトの目的も学資稼ぎや生活のためというのがほとんどだったようだ。当時のアルバイトのなかでも、「こくばん」で象徴的に扱われるのが、「アイスキャンデー売り」である。これは歩合制のアルバイトで、夏に路上でアイスキャンデーを売り歩くものであった。当時の学生はいわゆる学生帽をかぶってこれを売っていたらしい。「頭の角帽のみが我々を一介の労働者に堕するのを救つて呉れる唯一の頼りだ」という学生の言葉も紹介されており、当時の苦労が伺える。

50年ごろになるとアルバイトの働き口も少なくなり、「アル対(アルバイト対策委員会)」なる存在も待望されるようになる。これはおそらく大学による組織のようで、資金難に苦しみながらも何とか実現し、学生に家庭教師などの職を斡旋していたそうだ。そんな中、「こくばん」では、某大学で実践されたという、「チーム制アルバイト」が紹介されている。これは肉体労働など、重労働のアルバイトに対して、3人の学生が1人分の仕事を担当し、雇用の創出と学生の負担軽減を目指すもので、現在のワークシェアリングに相当する。当時の学生課もぜひ進めたいと言っていたようだが、企業の方はさほど乗り気ではなかったらしい。

50年以降になると、アルバイトに関する「こくばん」は少なくなるが、たまに扱われても「アルバイトの意義」をテーマとしたり、タバコが値上げしたのでアルバイトを捜さなくては、というものだったりするので、アルバイトしなくては生活も出来ない、という風潮ではなくなったらしい。

以下の「こくばん」は本文中で触れた47年の「チーム制アルバイト」の「こくばん」で、かつて裕福だった子弟たちがアルバイトをするに当たっては肉体労働をするにも大変だから、3人でチームを組んでやろう。という趣旨である。是非一読して、当時の世情に触れてもらいたい

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▼地主、家主、株主、神主等々むかしよかつた主という字のつく階級はこのごろ、どうも経済的にはなはだよろしくない

▼いうところの中産階級のボツ落から、これら「ぬし」階級の子弟に対する家庭からの送金は次第にテイタイがちになつてく

▼はじめから苦学覺悟の学生なら、そう困りもしないだろうが、溫室育ちのおボツちやん連にとつては、送金がないとてその日からタバコをやめるわけにもゆかぬ、しかしその人々を学業なかばでやめさせることは何としてもしのびないとこころだ

▼そこでとりあげられるのが内職の問題であるが、むかしから定石のような家庭教師など、そう沢山あるものではなし、たとえあつても月収二百円ぐらいではどうにもならぬ

▼高賃金なら筋肉労働もあえていとわぬと勇敢にとりついてはみるものの、ペンよりおもいものを持つたことのない人々にとつて、それはなかなかの難業苦行である

▼某大学では三人ぐらいでチームをつくつて重労働に進出、三日に一日の出勤なら後の二日に休養も勉強も出來るというわけ

▼このニュースをもつて京大厚生課の寺尾課長にあうと“そうですよ、ボクらもそれを強くさけんできました、ある工場に十人の工員が必要なら三十人を一團にし、交代で三日に一日出勤すれば、能率もあがるし、双方よいのですが、そこまでの理解がネ……、しかし、それも次第に好轉してきました”とうれしい話

▼世間の企業家諸兄、わけても卒業生でその地位にある人々はどうぞ、そんなふうに考えて、あたたかい手をあなたの母校である学園にさしのべてください

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