歴代総長を振り返る Vol.1(2015.04.01)

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昨年に第26代総長が誕生した。ということは今までに総長が25人もいたわけである。歴代総理大臣の名前を調べるノリで歴代総長について調べてみた。総長の移り変わりを見ていると、さすが帝国大学を前身とする大学だけあって京都大学は時代の荒波に揉まれてきたようだ。そこには総長の並々ならぬ苦労と今の京大を創り上げてきたものを感じ取れた。それらのほんの一部を紹介したい。なお執筆にあたって『京都大学百年史』を参考にした。(海)

京都帝国大学の成立


現在の京大は1897年に成立した京都帝国大学を前身としているが、さらに遡れば折田先生で有名な第三高等学校、大阪の舎密(せいみ)局、さらには江戸時代末期の長崎精得館に付設された分析究理所も関係してくる。これらも興味深いが今回は大学成立以降の総長に注目していきたい。

前述した京都帝国大学は第三高等学校の土地を引き継いで設立された。木下広次初代総長は第一高等中学校(後の第一高等学校)の校長を務めた経歴があり、任命当時は文部省の専門学務局長であった。武士道を尊んだようで第一回の入学宣誓式では「自重自敬を主とし自立独立を期す」べきことと語ったという。

沢柳事件


1913年7月、沢柳政太郎第5代総長は医科・理工科・文科の教授計7名に辞表を提出させた。これに対して法科大学の教授陣は反発して意見書を提出した。大学教授の本分は研究業績を出すことだと考える沢柳総長と、大学は精神的自由を擁護する場であるべきだと考える教授陣の大学に関する考え方の違いがこの事態を招いたといえる(ただし免官された7名の選考基準が不明だという話もある)。総長は意見書に回答し、さらに法科教授との協議会も開かれたが同意に至らなかった。

年明け1月の交渉で総長が教授側の意見を受け入れる発言をしたとして法科は「問題解決」と発表した。しかし翌日に総長自らそのような発言はしていないと否定。総長に不信感を持った法科教授陣はついに総辞職を決意した。総長自身も辞表を書いて文部大臣の所へ相談に向かった。

1月末、調停に乗り出た東大教授二名のおかげもあって覚書が作成された。その内容は「教授の任免の際に総長は教授会の同意を得るべきだ」というものだった。これに納得した法科教授陣は辞表を撤回。結果、大学における教授会の自治が進展した。一方で、当時の世論は京大法科教授陣の行動には冷たく、覚書に署名した文部大臣も後の国会答弁では、「総長は独断で人事を決定してもよいが円満をはかるため教授会に相談をする方がよい」という旨の発言をせざるを得なかった。

京都学連事件


1923年に結成された社会科学研究会(社研)は全国的な学生連合会(学連)に加盟して活発な活動を見せていた。以前から警察に目をつけられており、1925年11月に同志社大学構内の掲示板に軍事教育反対運動のビラが発見されたことで、翌月に京大・同志社大の社研メンバー36名が検束された。この検束・家宅捜索の際に警察が京大寄宿舎へ当局に無断で侵入したとして学生監と書記官が遺憾の意を示すと共に弁明を求めている。この時点では警察側は出版法違反の事件としていた。

その年の末、荒木寅三郎第7代総長・法学部長・文学部長は内務大臣と文部大臣(当時は岡田元総長)と面談し、今後再びこのような不法な措置がないようにと意見を申し入れた。家宅捜索によっても特に証拠は確認されなかった。

しかし年明け直後、京大社研のメンバー12名が検挙され、河上肇教授らの自宅が一斉に家宅捜索を受けるという事件が発生する。検挙された人々は治安維持法違反、出版法違反・不敬罪に問われた。治安維持法が初めて適用される事件となった(最終的に判決では治安維持法違反のみが言い渡された)。これを受けて総長は社研に対して覚書を通知した。それによって社研は指導教官を置くことになり、荒木総長直々の依頼もあって河がこの役を引き受けた。

その後


1928年に全国の共産党員が一斉に検挙され(3・15事件)、京大生からも検挙者が出た。翌月、文部大臣から帝国大学に対して事件に関わった学生の処分と左傾教授の休職処分の意向が伝えられた。学生達は判決前に放学処分となったが、荒木総長は教授の休職処分には慎重だった。なぜなら該当者の中には当時の有名教授河上肇が含まれていたからだ。だが最終的に河上教授に辞職を勧告することを決意した総長は教授会に相談。「総長の主張する辞職勧告の理由を正当とは認めないが総長が教授の辞職を断行するならば支持する」という不思議な決議の結果、勧告が実行された。その時の勧告の理由に河上教授は全く納得しなかったが、それからすぐに教授会による辞職勧告決議を聞いて辞表を提出した。合わせたようにその年度末に荒木総長も退任している。

ここまで波乱続きの30年間を見てきたがこれらを上回る大事件が数年後に発生する。日本の大学自治を語る上では外せないと言われる滝川事件である。

(第二回に続く)

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