「ポストヒューマン」の宇宙開発 シンポジウム「宇宙にひろがる人類文明の未来2015」(2015.01.16)

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1月10日、11日の2日間、京都大学百周年時計台記念館で、京都大学宇宙総合学研究ユニット主催のシンポジウム「宇宙にひろがる人類文明の未来2015」が開催された。宇宙ユニットは、文理の壁を越えた学際的な宇宙研究の構築を目指して2008年に設置された組織であり、学内外の研究者が連携して行う研究や、学内での宇宙についての分野を横断した教育の推進、学外へ向けた研究成果の発信などを行っている。今回のシンポジウムでは、高校生から研究者や企業まで、様々な人びとが発表するポスターセッションや、多様な分野の研究者による、これからの宇宙開発や宇宙科学、宇宙における人類の活動の展望についての講演が行われた。

初日には、明治学院大学の稲葉信一郎氏が「宇宙植民の倫理――ロボット・ポストヒューマニティから考える」というタイトルで講演をした。稲葉氏によれば、宇宙倫理学のような応用分野での倫理学には、「批判理論」と、狭い意味での「規範理論」の二つのタイプが考えられるという。

前者は、例えばある科学技術が特定の支配体制と結びついて人びとを抑圧している、などといった現状の告発をするような理論だ。現状の宇宙開発は、安全保障体制やネットワーク社会の一環でしかなく、批判の対象たりえるほどの意味を持っていない。そのため、宇宙開発に対する批判理論的なアプローチは、現段階では、その理論を通じて現実社会の批判を行うこと以上の意義を持たない。

後者の「(狭義の)規範理論」は、宇宙倫理学の領域でいうならば、宇宙開発がどのようになされるべきか、その際に何をしてはならないか、そもそも宇宙開発の意義とは何かを考察するものだ。近代以前の倫理学においては、ひとのあるべき姿やなすべきこと、といった理想が想定され、それに現実を近づけていくことが目指されていた。この立場から宇宙倫理学をみるなら、宇宙開発はそういった理想たりえるか否か、というのが核となる問いになる。その一方で、近代以降主流となったリベラリズムでは、そのような理想はそれほど想定されず、人権や自由の保障が重視される。この立場からは、基本的人権を侵すことのない宇宙開発のあり方や、宇宙開発のもたらす幸福とそのコスト、といった問題が出発点になる。これからもリベラリズムが主流の時代が続くと仮定した場合、宇宙環境の苛酷さや距離的な隔たりから生じる時間的隔たりなどのために、有志による民間計画ならともかく、公の計画として人間を宇宙に送ることは難しいだろう。

最後に稲葉氏は、もしも人間が宇宙に進出するとしたら、その主体は先に挙げた困難を克服するように改造を施された人間か、あるいは人間と同程度の知性を備えた機械といったポストヒューマン――現在の人間とは異なる在り方の「人間」――となるだろう、と語った。

両日とも講演後にパネルディスカッションが行われ、発表者や講演者が意見を交わした。  

なお、今回の講演で使われた資料は、宇宙ユニットのウェブページから閲覧することが出来る。(待)

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