政治的主体はどこへいくのか 人文研で国際シンポ(2015.01.16)

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1月12日、人文研アカデミー国際シンポジウム「Pourvu que ca dure…: 政治・主体・〈現代思想〉」が百周年時計台記念館で開催された。ランシエールやアルチュセールの邦訳を手がける市田良彦・神戸大学教授、アラン・バディウの著作の英訳者として知られるブルーノ・ボスティールス氏、『資本論を読む』の著者の一人であるエティエンヌ・バリバール氏が講演を行った。

はじめに市田良彦氏が「問題提起」と題して、今日における政治状況と主体の関わりについて述べた。市田氏は、これまで時代に断絶をもたらす政治的出来事は特有の政治的主体がつきものだったが、近年の政治反乱では固有の名前をもった主体が出現しなくなったことを指摘。例えば代表的な政治的出来事であるフランス革命は、「市民」と名乗る固有の政治的主体の出現が不可欠だった。

一方で、近年の政治反乱の代表例であるアラブの春では、市民革命とは称されていたものの、政権崩壊後に新しい勢力が登場せず、結果的に伝統的な政治集団が政権を奪取するなど政治的主体としての「市民」の実体はなかった。オキュパイ・ウォールストリートでは、もはや参加者は特定の政治的主体にはならないことを明言していた。「人民」「市民」「プロレタリアート」のような政治的主体を欠いた近年の政治反乱は、もはや時代に断絶を持ち込む政治的出来事というよりむしろ、政治制度システムの機能不全による「事故」のようにみえるという。こうした状況をふまえ、市田氏は主体概念が今日の政治とどう関わるのか、主体を問題にしてきた現代思想を参照して考えていくことの重要性を提起した。

ボスティールス氏は「政治と主体性をめぐる二〇のテーゼ」と題し、政治と主体についての理論のこれまでの歩みと現状をハイデガーやアルチュセール、バディウ、ランシエールらを参照しながら紹介した。

バリバール氏は「大革命の後、いくつもの革命の前?」と題した講演で「革命」という概念が今日置かれている状況について述べた。バリバール氏によると、「革命」という観念は、歴史の一定の仕方の表象と、そこで政治が果たす決定的な役割とに密接に関係付けられて理解されてきたという。しかし、そのように理解される限りでの「革命」では、もはや今日では未来を想像できないのではないか、とバリバール氏は問題提起し、「革命」という概念のはらむ難題について語った。

バリバール氏は最後に、市田氏が例に挙げた近年の政治反乱に触れ、運動に共通する「匿名の文化」は「階級やネーションを土台として集団的な主体を「動員」し、「組織」しようようとしてきた国家的制度や反国家的制度」から身を引こうとする志向、道徳、宗教や性にかかわる差異や選択を複数化する志向がみられると分析。こうした試みは、社会を「友」と「敵」という、2つの敵対する陣営に分割する過去の革命における図式を断ち切ろうとしている点で新しいという。バリバール氏は、こうした運動が客観的に革命的な力をもつかどうかは不分明であると留保しつつ、いずれにせよ革命的主体性の新たな形態は中央集権化されたモデルに沿ってではなく、「ネットワーク」の形態で実現しそうであると述べた。(羊)

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