〈書評〉 松本紘著『京都から大学を変える』(祥伝社)を百倍楽しむ方法(2014.06.01)

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松本紘・京都大学第25代総長渾身の『京都から大学を変える』(祥伝社新書)は、今年4月末の発刊後、多数の大学関係者のみならず、京都から大学を変えることを検討している受験生たちの「バイブル」として、着実に売上を伸ばしているそうです。

しかし残念ながら、これまでのところ著者=総長の真意が、正しく読者に伝わってきたとは到底言い難いのが現状です。多くの読者は、例によって総長の「我が構想」が披瀝されている書物だと思い込んでいるのですが、それは大きな間違いなのです。そこで本記事では「『京都から大学を変える』を百倍楽しむ方法」と題して、その隠された魅力を一部伝授させていただきたいと思います。

下の引用をご覧ください。「今、大学で何が起きているか」と題された第1章、「学生の劣化」という項の一節です。

「最近の大学生、院生は採用しても役に立たない。いったいどうなっているんだ」「一流と呼ばれる大学を出ているのに、使えない若者が増えた。自分の頭で考えない、言われたことしかできない、自分本位でコミュニケーション能力に欠ける……」
産業界の方から、このような話をはじめて聞いたのは十数年前、新しい世紀になる頃だったでしょうか。
(中略)
先日お会いしたある企業の方は、「(中略)① 『お得意さんの接待は骨が折れる』と言ったら②『殴られたんですか?』と真顔で聞かれた。それでも大卒……③頭が痛い」とこぼしていました。④ここまで来ると、高等教育を受けたというには明らかに学力が不足しており、“名ばかり大卒”と言うしかありません。」(p.16~17)


さて、あなたはこの挿話の「二段オチ」を見抜くことができたでしょうか。実のところ、これはお笑いの常套的な構成を踏襲した、大変巧妙な笑劇なのです。

順を追って説明しましょう。 ①『お得意さんの接待は骨が折れる』と言う「先日お会いしたある企業の方」に対し、 ②部下が『殴られたんですか?』と返す。微笑を誘う巧みな返答ですが、これだけでは上司と部下のコミュニケーション不全の一事例として解釈する人も中にはいるかもしれません(あまり多くはないと思いますが)。しかし所変わって、③語り手と話している「先日お会いしたある企業の方」が「頭が痛い」と感想を述べます。もうお気づきかもしれません。ここでは明らかに、『殴られたんですか?』という部下の返しに対し、『殴る』との縁語ともいえる「頭が痛い」を用いることによって、自らもウィットの利いたコメントを仕上げるという高度な戦略がとられています。ですからこちらとしてはつい、「やっぱり殴られたんかい!」というツッコミの一つでも入れたくなるのが人情です。なかなか良く出来た構成だと思いませんか。

さて、この挿話はこれで終わりません。ここで ④語り手が訳知り顔のコメントを漏らします。しかし、どこかその方向がズレている。単なる頓智話が、ここではなぜか学力低下という深刻な社会問題の片鱗として受け取られているのです。ですから読者としての正しい反応は、ここに描出されているウィットに富んだ一幕と、どこからともなく現れた、トンチンカンなコメントとの「ズレ」を愉しむことに相違ありません。すなわち、結論ありきの ――“自分本位でコミュニケーション能力に欠ける”――語り手を、読者は思い切り笑い飛ばすことができる。そういう仕掛けになっているのです。

もちろん、著者はこの「ズレ」を分かった上で敢えて書いているのでしょうから、極めて腕の立つ書き手であると言わざるを得ません(まさかありえないとは思いますが、もし本気でこんなことを書いているとすれば、伝聞のことをさも事実のごとく糾弾している時点でまるで説得力がありません。査読論文なら即リジェクト、レポートだって「可」がつくか怪しいところです)。

このように、本書は著者のエンターテイナーとしての稀有な才能を証明する一冊となっています。「ここを引いただけで、そんなふうに言ってしまっていいの?」と疑問に思う方がいるかもしれませんので、私からはただ一言、「著者に対する私なりのオマージュです」と答えておこうと思います。

いかがでしょうか。心残りなことに、限られた紙幅では、本書に秘められた面白さのほんの一部しかお届けすることができません。今後、あなた自身が本書を手に取り、その新たな読みの可能性を発見することを願う次第です。(薮)

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