〈書評〉 安丸良夫×菅孝行 『近代日本の国家権力と天皇制』(御茶の水書房刊)(2014.05.01)

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短いが示唆的な一冊


本書は、近代日本思想史・民衆史の大家である安丸良夫と天皇制論者・戦後民主主義に対する左翼的批判者として有名な菅孝行との、天皇制にかんする対談である。対談の中で菅は主に最近の研究の動向を踏まえつつ、天皇制を分析・解体していくのに対して、安丸は菅の主張を支えながら、主に自身の研究やその周辺の事柄、最近の社会運動や社会情勢の動向に即しつつ、自身の考えを述べている。その70数ページ程度の対談をまとめると以下のようである。

人々に対して抑圧的に働いていた戦前と比べ、現在の天皇制は一見人畜無害のように見える。しかし現在の象徴天皇制は、戦後すぐに裕仁(昭和天皇)とマッカーサーとの間でアメリカへの永久従属という「戦後国体」と引き換えに作られた、新たな国家統治のためのイデオロギー的制度である。天皇(制)は支配者たちの意向によってすぐに「日本固有」の「伝統的」なものとして国家の中核に動員装置として呼びこまれ、排外主義や国粋主義のシンボルとなりうるものである。また象徴天皇制は、戦前の天皇制よりも「敵」が見えない分反対がしづらく、むしろ国家の統治にとっては都合のよい制度なのではないか。戦前から1960年代にかけて天皇制を批判していたマルクス主義者たちは、天皇制の国家支配のためのイデオロギー的側面に対する分析が不十分であり、今でも私たちはその後遺症に悩まされている。こうした状況の中で、天皇制の暴走を防ぎ、ゆくゆくは天皇制を無くし、人々が国家からの真の自由を勝ち取るためには、近代日本・戦後直後において天皇制が支配者(具体的には明治維新政府や先述した裕仁・マッカーサー)によって作られた国家支配のための装置であることを人々が認識し、生活や社会運動の場に天皇制批判が組み込まれ、人々が天皇の権威を忘れることが重要である。またいまの天皇制自体は、一夫一妻制度で男子(跡継ぎ)を生まなければならず、マスコミや週刊誌にはあることないことを書かれる、ゆがんだアイドルのような、皇族にとっても大変非人間的なものである。このことを勘案しても、天皇制は廃止されるべきであるといえる。

対談の中では、歴史・政治学の動向などの専門的な知識を含め、別著を踏まえた発言が少なくなく、天皇制の入門書とはいえない。しかし、ある程度天皇制批判や政治思想史の「良書」を読んだ後なら、本書は短いながら示唆的な一冊として読むことができよう。

現在、政権与党が憲法を「改正」しようとしており、明治時代の大日本帝国憲法のように天皇を日本の元首(国家代表)という位置づけに戻そうとしている。言わずもがな、日本国憲法の第1条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と定められている。こうした状況の中で、いま「日本国民=天皇制を云々できる法的な資格を持つ人々」が、自分たちの「統合」の「象徴」を天皇という存在に任せてそれに安住していることは、本書最後に安丸が述べるように「とりかえしのつかないほどに大きな代償を払うことになる」と思う。それは、今憲法9条改悪に「だけ」反対している諸団体に対しても同じことがいえる。「天皇民主主義」か、それとも「民主主義」か。もちろん天皇(制)にかんしては、戦前、東(南)アジアをはじめとする諸国・地域に対する侵略と排除の象徴となったという歴史的経緯から、当事者たちの発する「他者の声」に対して真摯に耳を傾けなければならない。特に天皇制にかんしては、「他者の声」をどのようにして自らの中に呼び込み、自身のアイデンティティに「抗争」を起こして自己を根本的に問い直していくのかという、「日本国民」に課せられた大きな問題であると思う。啓蒙主義・国民主義的な響きだが、「日本国民」なら多少は勉強して読みこなせるようになるべき一冊である。(穣)

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