〈特集〉高畑勲とその時代 ~「高畑の時代」は続く~(2014.01.16)

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アニメーション監督、高畑勲の生涯を追う本特集「高畑勲とその時代」はこれまで主に1930年代~1980年代までを扱い、1988年に『火垂るの墓』を発表するまでの高畑勲の仕事を追ってきた。

最終回となる今号では、90年代の高畑作品と最新作『かぐや姫の物語』公開に至るまでの経緯について考察し、全4回の連載を締めくくりたいと思う。(編集部)

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高畑勲の歩み④  1988年~2014年

日本を見つめる視点

1988年に『火垂るの墓』・『となりのトトロ』の同時公開で揃い踏みを果たし、ある種の「ライバル」同士としてそれぞれの技量を競い合った高畑勲・宮崎駿両監督だったが、90年代に入ると宮崎は再びプロデューサーとして高畑の次回作を支えることになる。1991年、宮崎が持ち込んだ企画を基に、高畑は新作『おもひでぽろぽろ』を発表する。兵庫県神戸市と同西宮市が舞台であった『火垂るの墓』から一転、『おもひでぽろぽろ』では山形県の農村の暮らしをリアリティ豊かに描き、日本の「田舎」の風景をアニメーションで表現することに成功した。

高畑は、初監督作品である『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年公開)から、(『パンダコパンダ』など僅かな例外を除き)当初一貫して無国籍ないしヨーロッパ的世界観を描いてきたが、80年代に入ると大阪市西成区に暮らす人々を描いた『じゃりン子チエ』で初めて日本の共同体を描き、1987年発表の『柳川堀割物語』以降は最新作『かぐや姫の物語』に至るまで日本を舞台に据えた作品のみを撮り続けている。この「日本回帰」が意図的なものであることについては、高畑本人が講演『希望をどこに見出せばよいのか』の席上で「ある時期から、私自身としては、意識的に、日本を舞台にしたものだけをつくるようにしています」と発言していることからも明らかだが、高畑が「なぜ」意識的に日本回帰の態度を取ったのかについて、本人からの明確な説明はない。だが、これに関しては高畑が1995年に発表したエッセイ「いくつかの疑問」が大きなヒントになると思われる。この文章の末尾で、高畑は日本人が国内の景観に対して無関心であることを嘆き、以下のように綴っている。

「お茶の水橋から聖橋を望み眺めは、東京の景観のなかでもっとも美しいもののひとつだった。眼下を地下鉄丸ノ内線の赤い電車が横切っていくのも決して悪くない。きっと好きな人は多いはずだのに、灰色の慎重な鉄板張りの地下鉄橋が何十年も放置されてきたのは何故だろうか。世界、とくにヨーロッパの景観に憧れ、観光し、せっせと写真に撮り、絵に描き、研究し、ついには外国のまがいものの町まで国内に作ってしまうほどに愛しているくせに、自分たちの住む町や家の景観に関しては、独自の美しさに高めようとする機運がいっこうに盛り上がらない」。

遠い外国の景観には憧れるくせに、国内の風景には無関心。高畑がここで指摘している日本人の傾向は、しかし若き日の高畑自身にもある程度当てはまるものではないだろうか。『アルプスの少女ハイジ』で美しいアルプスの大自然を描き、『母をたずねて三千里』でイタリアやアルゼンチンの風景を見事に表現してきた高畑は、60年代から70年代にかけての長い期間、日本の風景や共同体を描写する機会にほとんど恵まれなかった。80年代から90年代、そして現在に至るまでの彼の「日本回帰」は、キャリアの前半において自身がやり損ねてきた試みを一挙に取り返す試みなのかもしれない。

高畑が『おもひでぽろぽろ』の次に発表した『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)では、この日本の景観と自然の問題について、さらにシビアな視点が貫かれている。

ファンタジーなき世界を生きる

『平成狸合戦ぽんぽこ』が封切られたのは1994年7月16日のことであるが、奇しくもその一週間後の7月23日、『ぽんぽこ』と同じく動物を主人公とするアニメーション映画がスタートした。すなわちディズニーの『ライオン・キング』であるが、本作についての高畑の評は厳しい。『ぽんぽこ』の封切り前に受けたインタビューで高畑は『ライオン・キング』についての質問に答え、ライオンが百獣の王(統治者)であるということが前提となっている本作の作りについて「理解しがたい」、「『ライオン・キング』に優れた面があったとしても、生態系を無視したこの前提にはおそらく共感することはないでしょう」と話し、同時に「その点わたしたちは、タヌキの生態と民間伝承の両方をきちんと踏まえて『平成狸合戦ぽんぽこ』を作ったつもりです」と付け加えている。

実際、『ぽんぽこ』は冷徹なまでの正確さをもって、現代日本のタヌキが置かれている状況を描写した作品であった。西東京から神奈川北部にかけて広がる多摩丘陵を住処にしていたタヌキが、60年代から推進された「多摩ニュータウン計画」によって居場所を失い、離散や死を余儀なくされるまでを描いた本作は、『火垂るの墓』を彷彿とさせるような「救いのない」映画であるように見える。高畑は本作について「この映画は記録映画だと思っている」と語ったうえで、「ニセのファンタジーでありもしない心意気や勇気や希望を謳ってみても無駄だと思います」とも述べるなど、タヌキが置かれている現状を率直に描くことこそが必要であるとの見解を示している。……『ぽんぽこ』のラストはこのようなセリフで締められる。「テレビやなんかで言うでしょ。開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって。あれ止めてもらえません?」。そう、タヌキたちはこの世から消滅したわけではない。人間が気付かないだけで、彼らは今も生きている。景観や自然、そして生態系までもが急速に破壊されていく多摩丘陵でバラバラになったタヌキたちは、苦しい生活を強いられながら、それでも生きていくのである。

ファンタジーにも悲劇に逃げ込むことなく、シビアな現状を直視したうえで、それでも生きていく、生きていかざるをえないキャラクター達をスクリーンに映し出すその姿勢は、『ホーホケキョとなりの山田くん』(1999年公開)に見られる「あきらめ」や「て・き・とー」の人生観にも通じるものであり、この時期における高畑の作品群からは、現代日本の景観や自然、人間の生き方などに対して、苦しい撤退戦ではありながらなんとかソリューションを打ち出そうと奮闘している様子が伝わってくる。

最後に……最新作『かぐや姫の物語』とこれからの高畑勲

90年代を通して新たな境地を切り開き続けた高畑だったが、1999年の『山田くん』発表以降、彼のキャリアは長いインターバルを迎えることになる。

2000年代に入ってからの高畑は、自らが発案した『平家物語』や『子守り唄の誕生』の企画、及びプロデューサーの鈴木敏夫氏が持ち込んだ『柳橋物語』の企画などを次々に検討するも成立せず、なかなか次回作が定まらない時期が続いていたが、この時、鈴木は高畑がかねてより企画を温めていた『竹取物語』のアニメ化企画もすでに提案していた。当初は『竹取物語』に乗り気でなかった高畑だが、他の企画案の頓挫や2006年より正式に企画に参加したプロデューサー、西村義明氏の熱心な働きかけもあり、2008年に高畑は次回作として『竹取物語』のアニメ化を行うことを決断する。

前作『山田くん』から約9年、ようやくスタートラインに立った高畑だが、新作の『竹取物語』改め『かぐや姫の物語』の制作は必ずしも順調にはいかなかった。脚本の完成までに約1年半、絵コンテは1年半かけてようやく30分という常軌を逸したスローペースに、「完成させる気がないなら抜けたい」と離反するアニメーターが出るなどトラブルも続出し、西村は一時期本気で映画の完成を危ぶんだという。

結局、『風立ちぬ』(2013年7月公開)と同時公開を予定していた『かぐや姫の物語』は、当初予定より4カ月遅れた2013年11月に公開された。本作では古典文学のヒロインかぐや姫を、ありのままの「生」や「世界」全てを愛する女性として魅力的に描ききることに成功した。高畑は昨年末に受けた朝日新聞のインタビューで女性観について語り、「僕は女性が好き」、「男性は何かを目指すとか背負うとか、理念に支配されがちだけど、多くの女性は現実的で日常に根ざしている」、「ずっと女性の味方をするつもりです」と話している。『太陽の王子ホルスの大冒険』、『アルプスの少女ハイジ』、『赤毛のアン』、『じゃりン子チエ』、『おもひでぽろぽろ』などで、数々の魅力的な少女を描いてきた高畑の技は最新作の『かぐや姫の物語』で一つの到達点に達したようにも見えるが、高畑勲の挑戦が『かぐや姫』で終わりと決めつけるのはやや早計だ。事実高畑は先述のインタビューの締めに「新作の構想もあるし、機会があれば作る。引退宣言なんてしません」という言葉を残している。

高畑勲の未だ見ぬ新作と、さらなる活躍に期待したい。(47)

作品評④

ホーホケキョ となりの山田くん

スタジオジブリ作品としては同スタジオおよび宮崎駿の名をアニメファンのみならず社会的に一躍知らしめることになった『もののけ姫』の次に制作・公開された同作。朝日新聞に連載されている4コマ漫画を原作に、現代日本を舞台としてまつこ・たかしの夫婦とまつこの母そしてのぼるとのの子の5人家族が繰り広げる日常生活が四季の移り変わりのもとでほのぼのと描かれる。

作品を貫く統一的なストーリーはなく、基本的には原作に忠実なかたちのショートストーリーが数十本ひたすら流される。であるからオープニングからエンディングまで肩肘張って画面に見入る必要はない。気になるシーンだけをぶつ切りでみても問題ないだろう。

そんなこんなで劇場長編映画にする必要があるのかとも思われるかもしれないが、しっかり観てみるとどのショートエピソードにも根底には共通したテーマが潜んでいることがわかる。それはラスト付近で示される「あきらめ」「テキトー」である。ここでは理想の社会をめざし現状変革を目指すユートピア運動ははじめから放棄される。その代りに、家族+その周囲の人々という小さな空間のなかで日々を楽しく、自分の主張を抑え過ぎることもなく、かといって自分の意見だけを通そうとするのでもない正に「適度」な人間関係を営むことが出来ればそれでいい、そういうメッセージがある。

『もののけ姫』でわたしたちは「生きろ!」というメッセージを与えられた。だが現代日本に於いて誰もがサンやアシタカほどの劇的な経験が得られるわけでもない。ではそんな「凡人」たちはどのように生を営めば「生きている」ことになるのだろうか。この作品はそんな疑問に対する一つの答えとなっている。

しかし率直に言うとそれで良いのだろうか?との疑問を持たざるを得ない。すなわち高畑は、現代社会の中で「あきらめ」をもちつつ「テキトー」に日々の人間関係を営める場として家族を提示したわけだが、実は映画が公開された時点でそのような家族、父親は企業の正社員で母親は専業主婦で郊外の鉄道沿線に庭つき一戸建てを構える戦後の典型的な家族、を成立させられる条件はバブル崩壊後の就職難とそれ以降の雇用流動化によって、限られた「勝ち組」のみしか得られない特権的な幸せとなってしまっていたのだ。少なくない人々、とりわけ若年層にとっては高畑にとっては「あきらめ」の産物である平凡な日常生活こそが見果てぬ「憧れ」になっているなかで、この映画のメッセージは空回りしているのではないだろうか?(魚)

おもひでぽろぽろ

「あなたってとんでもなく深刻な過去を背負っているのね」作品冒頭、電話口のヤエ子姉さんから投げかけられる一言が、この作品のテーマを現わしている。

高畑勲は小学生時代の思い出話で構成された短編漫画を映画化するにあたって、大胆にもオリジナルの『現代(山形)編』を付け加え、原作から15年後、27歳の会社員となったタエ子(主人公)を登場させた。そして原作の個々のエピソードはタエコが有給をとって訪ねた山形の農村で農業体験をするなかで、ふと思い出されるというかたちで断片的に登場するのだ。都会で暮らす主人公が農村にあこがれるという設定は消費社会が称揚されたバブル末期の公開時以上に、「Uターン」や「ロハス」といったライフスタイルが一定の市民権を得た今日のほうが、違和感なく受け止められるだろう。

ただ、また子どもの頃の平凡な思い出と農村体験が淡々と描写されていく作品展開はある種の「地味」さを感じさせることも事実であり、歴代ジブリ作品のなかでも知名度の低さは否めない。

たしかにこの作品からはカタルシスや気晴らしなど得られない。しかし観終わったとき、それとは別種の他のアニメーション作品ではなかなか得難い感情で満たされているはずだ。端的に言うと主人公=タエ子を自分自身と重なり合うようになり、彼女の「おもひで」を自身の人生を追体験するかたちで、私たち自身もタイムスリップして「ワタシ」と向き合う旅に出ることが出来るのだ。

タエ子が一度はいじけて「(家族と一緒に外食に)行かない!」と言ったにもかかわらず放置されたことに不安を感じあわてて「やっぱりわたしも行く!」と靴をはくのも忘れて玄関を飛び出してしまう場面。ここでは本当の気持ちとは違うことを「わざと」外面的に表現したり話したりすることで、逆説的に大人の気を引こうとするのだけど、とうぜん大人に本心は 伝わらず却って悲しく悔しい思いをしたことが想起される。期待に胸ふくらませて食べたがそんなに美味しくなかったパイナップル(おそらくまだ十分に熟していなかったからだろう)を母親が「残していいのよ」というにもかかわらず食べ続ける場面。自分が一度これはいいことだからやる! と決意してしまったことは、自分の決意が間違っていたと認めるのが恥ずかしく結局は泥沼にはまってしまったことは私も一度や二度ではすまない。こうした一連の「おもひで」シーンはまるでビデオカメラで撮影された「ワタシ」自身の経験を見ている気分になる。

また、いまの私自身の行動や意識が、おもひでの頃の行動原理からたいして変わることができずにいるか、周囲の環境に拘束されたものなのかも思い知らされる。無数にあったであろう可能性を、過去のトラウマ的なおもひでや周囲の環境を言い訳にしてすべてあきらめた結果が今なのだという後悔にも似た感覚。それが現代編からの回想という構成によっていっそう増幅されたかたちでわたしたちを襲うのだ。

しかしラストシーンに救いが残される。ここで主人公はおもひでを振り切りある決断をするわけだが、このとき私たちにも今を出発点として、ほんの少しだけでも私らしい人生を送って見ようという意欲が芽生えてくる。タエ子が最終的にどういう人生を歩むことにしたのか作中では明示されない。しかしそれはほかならぬ「私」自身がこれからどう生きていくかという意志それ自体がひとつの回答になるのだろう。(魚)

平成狸合戦ぽんぽこ

多摩ニュータウンの開発に乗り出した人間に対し同地のタヌキたちが総力を挙げて立ち向かうという、いっけんコメディにもみえるが実はとっても怖い作品。怖い、というのは人間側のタヌキ(その他里山で暮らす生き物や植物も)に対する圧倒的な暴力への無自覚さ、そして人間/タヌキの絶望的なディスコミュニケーションが全編を通して徹底的に描かれるからである。

まず「暴力への無自覚さ」についてだが、人間たちはタヌキたちをせん滅すること、彼等の生活空間を破壊することを目的として多摩丘陵の開発をするわけではない。人間の目的は自分自身が快適に暮らせる環境を作る(そして翌年公開の『耳をすませば』では完成されたニュータウンを舞台として雫や聖司が青春を繰り広げる)ことである。なので人間の障害物は市街地の造成を阻む山の地形や山林であり、タヌキの存在は眼中にすら無いのだ。つぎに「ディスコミュニケーション」にかんしてだが、もう一方のタヌキたちにしてみればニュータウンの開発は生活の糧を奪い去る侵略に他ならない。そこで、長年封印していた変化術を復活させ、存亡をかけた戦争に打って出るのだ。しかし、科学技術を高度に発達させ、かつ数も多い!(作業員を脅かして止めさせても次の日には別の人間が開発現場にやってきてしまう)人間には物理的にはかなわない。そしてそれ以上に悲惨なのは大切な生活の場を壊さないでくれという訴えのことばそのものが人間には全く届かないことである。ニュータウン全体を百鬼夜行で包囲する「妖怪大作戦」もイベント会社のプロモーションと認識されてしまうし、正体がばれることを覚悟でテレビカメラの前に登場し「決死の訴え」をしても、電波に人間語(変化能力で使えるらしい)は載らず、おびえるレポーターも「やらせ」の一環と済まされてしまう。

もしもハリウッド映画ならば、侵略者=人間の側に先住民=タヌキ社会のなかにある独自の精神性や文化に感化されついにはタヌキ側に加勢する強力な主人公によって大どんでん返しがおこるスペクタクル活劇(例えば『アバター』など)になるのだろうが、そうした都合のよい展開も一切ない。それどころか助っ人となるべく四国から招へいした長老はエネルギーを使い果たして死んだり、絶望の果てに変化する能力のない落ちこぼれタヌキを率いて集団自殺したりと、徹底的に夢を見させてくれないストーリー展開である。

いや最後の最後にタヌキたちは一瞬だけ夢を見させてくれる。すなわち山の防衛は最早不可能である事をさとった彼ら/彼女たちは最後の力を振りしぼって変化の力で嘗ての里山を復活させるのだ。いったい何のために? 若タヌキの教師的な存在であるおばばは言う「気晴らしじゃ気晴らしじゃよ」。そう、タヌキはどんなに苦しい闘争の渦中にあっても、そして敗北という絶望的な状況下でも気晴らし、つまりいまここで仲間と共に生きること自体を楽しむ姿勢を忘れてはいないのだ。(魚)

参考文献
高畑勲 『映画を作りながら考えたことⅡ』(徳間書店)
『「月刊アニメージュ」の特集記事で見る スタジオジブリの軌跡―1984‐2011』(徳間書店)
2013年12月13日付 朝日新聞 夕刊 「人生の贈りもの」

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