インタビュー

寺島隆吉 元岐阜大教授 「グローバル時代の英語を考える ― 「外国人教員」「英語で授業」は何をもたらすか」 後編

2014.02.16

4月にはいよいよ「外国人教員」が京都大学へやってくる。今から2カ月後にはもう「英語で授業」が始まっているのである。一体どんな授業が行われるのか。学生はそれをどんな姿勢で受けるのか、もしくは受けないのか。

2月16日号は受験生応援号でもあるため、多くの京大受験者がこの新聞を手に取るだろう。入学した時にはすでに存在する「英語で授業」は、当たり前の光景として受け入れられてしまうのだろうか。私としては、そこで一度立ち止まって考えてほしいと思う。このインタビューを読んだ人に、「外国人教員」「英語で授業」への疑問が生まれることを願うばかりである。

インタビュー後編は3面に渡って掲載する。前編はすでにWebで配信しているので、ぜひあわせて読んでほしい。(朴)(千)

(なお後編は本来12月16日号に掲載する予定でしたが、2カ月も遅れ2月16日号となってしまいました。これは編集部で編集が遅れたことによるものです。この場を借りてお詫び申し上げます。)

寺島隆吉(てらしま・たかよし) 東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学)卒業。石川県で高校教諭(英語)。在職中に金沢大学教育学研究科(英語教育)で教育学修士。 1986年、岐阜大学教養部講師(英語)に着任。同教養部教授、同教育学部教授を経て、2010年定年退職。カリフォルニア州立大学日本語講師、カリフォルニア大学バークレー校およびコロンビア大学ティーチャーズカレッジ客員研究員。専門は英語教育。主著に『英語教育原論』『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』、訳書に『チョムスキーの教育論』『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(いずれも明石書店)等。

>前編を読む<



英語の眼で見た世界、その実態

―英語を学ぶと英米人の眼で世界を見るようになる危険があるとのことでしたが、その眼で見た世界とはどのようなものなのでしょうか。(朴)

英語学習の危険性はTOEICやTOEFLの受験問題集を見るとよくわかる。それがアメリカのやってることを正当化するような中身だったら、試験問題を解いてるつもりでも無意識のうちにアメリカの価値観を刷り込まれていくよね。恐ろしいと思わない?

別の例だけど、たとえば「感動する英語!」というふれこみで、その中にケネディの演説が入ってることがよくあるんです。ケネディが何をしたのかっていうことは書いてない。ベトナム戦争を本格化させたのがケネディですよ。ベトナムに枯葉剤を大量にまいたのも、ケネディがベトナム戦争を本格化させたからであってね。あれで300-400万ものベトナム人が後遺症に苦しんでいる。チョムスキーは “Rethinking Camerot: JFK, the Vietnam War, and US Political Culture” という本でケネディを徹底的に批判してます。

アメリカは、2001年にアフガン戦争が始まってから、ずっとどこかで戦争し続けてる。2003年にはイラク戦争。そのイラク戦争の時だって息子の方のブッシュが、ファルージャっていうところで黄燐弾とか白燐弾っていう化学兵器を使ってる。劣化ウラン弾っていうのもたくさん使ってるしさ。いまイラクで、たくさん白血病の子どもたちが生まれてるんですよ。ベトナム戦争の枯葉剤で子供たちに奇形児がいっぱい出ているのと同じですよ。

いま手元にTOEICやTOEFLのための大学用テキストが山のようにある。これは英語の教員に出版社から教材がたくさん送られてくるからですよ。中身を見てみると、CNNとかVOAとか、そういうニュース記事が教材として使われているものも多い。

本来、英語の教員っていうのは、教室で学生の表情を見ながら、学生の学力や興味関心と相談しながら、自分の手作りの教材で授業をつくっていくべきでしょ。反応が悪いなあとか学力的に無理かなあとか、そんなふうに試行錯誤しながらやるべき。教材を自分で工夫しながら授業するのが教師の腕の見せどころなのに、市販の教材を使ったら楽だから、なかなかそうはならない。たとえばこれは『VOA News Clip Collection』っていうテキストだけど、VOAはわかりやすい英語だからという理由で、こういうものを選ぶ先生もいる。しかし考えようによっては、洗脳しているだけじゃないかということになる。だって、VOAってVoice of Americaの略語で、元々は米軍放送だよ。その後は合州国情報庁の所管となり、今は国務省直轄の国営放送。いわばアメリカ政府の宣伝機関だ。そんな教材を日本人の頭の中に詰め込んでどうするんだ。この編集者もそういう自覚がまるでない。中国の国営放送を中国語の授業で使うようなものでしょ。

ではCNNとかABCはどうか。これは民放で、軍事放送や国営放送じゃないから、まだ中立的に見える。ところがCNNやABCがシリアの化学兵器に関してどういう報道してるかっていうと、アサド政権がやったに決まってるっていう報道の仕方ですよ。アメリカはシリアに対してどんなことを言ってましたか。「化学兵器を使ったら爆撃するぞ、軍事介入するぞ」と、ずっと前から言っている。そんな中でわざわざ化学兵器を使いますか。そんなことをすれば、「爆撃してください」「軍事介入してください」と言っているのと同じじゃない。また国連が査察に入るっていうことになったら、アメリカは「査察の結果が出るまで待てない、その間にも罪のない人たちが殺されている」っていう言い方で、いまにも爆撃しそうだったでしょ。どうして国連の査察の結果が出るまで待てないんだろう。まるで大量破壊兵器を口実にイラク戦争に乗りだしていったときと同じ。

そういうオバマ政権の言い分をCNNもABCもそのまま流している。独立系のDemocracy Now!でさえ、ともすると一方的にアサド政権の残虐性だけを強調して、反乱軍の行為や反乱軍を誰が支援しているのかを言わないことがあって驚く。それがまたテキストに出てくるわけですよ。そういうのを授業で使ったとしたら、アメリカの言い分をそのまま学習することになる。恐ろしいことだと思わない?英語のニュースを教材にするっていうのはそういうことなんですよ。

そういう露骨な時事問題じゃなくても、ダグラス・ラミスっていう人が有名な『イデオロギーとしての英会話』って本で指摘してるんだけど、英会話学校は、レストランとか喫茶店とかそういう場面で会話ごっこする振りをしながら、アメリカってこれだけ文明国でこれだけ素晴らしい施設・設備があって、こういう素晴らしい価値観をもって、ということをいつの間にかすり込んでいく役割を果たしてる。

ダグラス・ラミスは、もと津田塾大学教授で、日本に来た当座は英会話学校で教えていたこともある。その経験をもとに、次のようにも言っています。少し読み上げて紹介しましょうか。

その世界[英会話のテキスト]に描かれている「アメリカ」は、存在している国ではなくて、アメリカ人の英語の先生が存在を望んだ国であり、彼らの郷愁の国なのである。英会話の世界では、その国で今日なぜ、幻滅と無目的のムードがたれこめているのか、誰も学びはしない。なぜ、夜の街道が危険にみちていて、なぜ、人びとは自己防衛のために武器を携えているのか、またはなぜ、政府官庁で最も急激にふくれあがってきたのは警察であるのか、誰も学びはしない。なぜ、たいていのアメリカの労働者が彼らの仕事はまったく麻痺状態と無感覚をもたらすものであると思い、なぜ、主婦の間でアルコール中毒と麻薬中毒が蔓延し、またなぜ、郊外では離婚率が結婚率より高いのか、誰も学びはしない。なぜ、多数 のアメリカ人(たいていは有色人種)が苦々しい、希望のない貧困に打ちひしがれて生きているのか、なぜ、貧乏人の子供達は読み方も教えられないで高等学校を卒業するのか、誰も学びはしない。また、なぜ、アメリカの人種差別的心性では、日本人が白人ではなく有色人種のカテゴリーに入っているのか、誰も学びはしない。(同書31―32頁)



アメリカ文化センター[前編参照]も英会話学校と同じような役割を、もっと露骨に演じてきた。これは土屋由香『親米日本の構築――アメリカの対日情報・教育政策と日本占領』などでも詳しく紹介されてる。パンフレットとか映画とかいろいろ用意して、日本全国隅々に見せるわけね。

日本が原発を受け入れるようになっていく過程でも、アメリカの作った原発映画が大きな役割を果たしている。アメリカがマーシャル諸島あたりで水爆実験をしたとき(第五福竜丸事件)、巨大な反核運動が日本の主婦を中心に起きたんですよ。杉並区のお母さん方がまず声をあげて、それが日本全土に広がっていった。これにはアメリカも困っちゃって、原子力も悪くないっていうふうに巻き返しに入る。アメリカが原子力の平和利用の映画を制作して、アメリカ文化センターとかそういうところで日本中で映画を見せる。そしたらコロっと意見が変わっちゃって、原子力の平和利用だったらいいんだって話になった。その結果、何と驚いたことに、ヒロシマの被爆者たちまで原発賛成になってしまった。それで日本全土に54機も原発が建つようになってしまったんですよ。

僕はいま偉そうにこんな話をしてるけど、そういうことも実を言うと福島の原発事故が起きるまで勉強していなかった。あれからずいぶん本を読んで、そういう裏があるのかってやっとわかった。たとえば、田中利幸、ピーター・カズニック『原発とヒロシマ――「原子力平和利用」の真相』という本を読んでみてください。詳しい裏事情がよくわかります。

ボケーとしてたら、どこでどう洗脳されているか騙されているかわからない。必ず一度立ち止まって考える力をつけないとだめなんですよ。だから僕は、「本を読んだら必ず疑問を一つつくりなさい」「そういう疑問を書いていないレポートはだめ」というふうに、定年退職するまで、そんな授業をやってきた。大学教授が言うことだから信じる価値があると思ってもらっちゃ困るからね。チョムスキーもいつも言っている。「私が言ってるからといって信じてはいけません、必ず自分で調べなさい」って。

ところで、『イデオロギーとしての英会話』の初版は1976年だから、いま読み上げて紹介したアメリカの現状は、70年代のアメリカということになる。ところが今のアメリカは、もっとひどくなってるんです。大学の学費があまりにも高くて、お金持ちでなければ大学を出れなくなってきている。そこで、お金のない人はカナダに行く。たとえば、カナダのモントリオールにあるマギル大学は「北のハーバード」と称されるくらいに有名な私立大学。ここの4年間の学費が、アメリカの首都ワシントンにあるジョージワシントン大学の1年分。いまマギル大学の6%がアメリカ人だけど、このまま事態が推移すれば、近い将来その比率は倍加するだろうとみられている。

要するにアメリカ人学生はどんどんカナダに逃げ出してるんです。ところが安倍政権は、学生を海外(主としてアメリカ)に送り出して、その数を倍増して12万人にするという政策を発表してます。これでは、「逃げ出したアメリカ人の穴埋めに日本人を送り込むつもりか。国民の税金を使って」と言いたくなりますよね。アメリカの州立大学は州民の3倍という高額の授業料だし、いま日本全国に配置されているALT(外国人指導助手)も貿易摩擦の解消策だったから、そんな疑問が出てきても不思議はないでしょ。

とすると、「大学入試にTOEFLを使え!」という政策も、安倍内閣はアメリカ留学に役立つからと言ってるけど、これも、「アメリカ財政の赤字解消策のひとつとして(TOEICのみならず)TOEFLまで買わされるんかい?」となるよね。

それはともかく、アメリカの学生は大学を卒業したとしても就職先がほとんどない。あったとしても、学士号や修士号にみあった仕事がなく、ともすると最低賃金の生活に甘んじなければならない。高卒のひとを押しのけて得た仕事だから、今度は高卒のひとの仕事がなくなる。これが今のアメリカの現状ですよ。よっぽどの高学歴、MITやスタンフォードで博士号とってインターネットの技術を持ってるとか、そんな人には仕事があるみたいだけど、それでもBSドキュメンタリーをみていたら、スタンフォードっていう超一流のエリート大学で博士号とってIT企業に勤めてるのに、家賃が払えないから自分の車で寝泊りしてシリコンバレーに通ってるっていうのがあって、びっくりしましたよ。それから医者でホームレスでテント暮らし、みたいなことも。あれも驚いたな。アメリカでは医者と弁護士が超エリートで金持ち階級だと思われているけど、そういう人でも保障されなくなってきてるんだね。

おまけに学生ローンを借りて授業料を払ってきたけど最低賃金ではその返済もできない。ましてせっかく手に入れた仕事も途中で首になることも珍しくないのが今のアメリカ。これでどうして借りたローンの返済が可能になる?ところが恐ろしいことに、アメリカは学生ローンに関してだけは「自己破産宣告はできない」という法律までつくってしまった。そのうえ学生ローンの利率を3.4%から6.8%にひきあげ、将来は10.5%にする案まで検討している。倒産した大手銀行を救うために金を貸したときには0.75%の利子。だとしたら、なぜそれと同率ではいけないのか。これではまるで政府が学生相手に「高利貸し」業を営んでいるような感じだ。

ローリング・ストーン誌の政治記者マット・タイビは、「搾取される米国の若者:大学ローン・スキャンダル」という記事で、次のように言ってます。

オバマ政権は今後10年間で、学生の借り手たちに何ひとつ抜け道も与えず、学生ローンで1850億ドルを捻出しようとしている。



ギャンブラーですら破産宣告をすることができる。それなのに学生ローン地獄におちた若者たちは、この負債から決して逃れることができない。学生は、就職に失敗しても、あるいは在職の途中で首を切られて失業しても、借金地獄から逃れられないのだ。



要するに、政府は財政赤字のつけを学生ローンでまかなおうとしているわけ。これが、弱者=「黒人」を売り物して大統領に当選したオバマ氏の政策だよ。だったら日本も狙われていると考えても不思議はないでしょ。

話は少し変わるけど、マイケル・ムーアの映画で『シッコ』っていうのがあって、アメリカの実態はこれを見るとよくわかる。日本は国民皆保険で、病気になれば誰でも保険を受けられる。だけどアメリカは保険料が高くて、保険に入ってない人も多い。6人に1人、つまり4000万人から6000万人とかそんな規模。この映画でアメリカの医療制度で一般市民がどんな悲惨な生活しているかとかよくわかる。一度ぜひ見てください。

1980年代の話だけど、GM(ゼネラルモーターズ)みたいな自動車産業が国外に出ていった。GMはメキシコに行った。メキシコの方が労働力が安いから。メキシコ以外ではカナダに行った企業もある。アメリカでは企業が保険料を半額出して、残り半額を労働者が出すっていうシステムだったんですよ。だけどその半額を出すのももったいなくて、カナダに行っちゃったわけ。カナダは皆保険で国が医療費保険料をもってくれるから。こうしてアメリカの国内にほとんど製造業はなくなったんですよ。いま国内の製造業、特に自動車産業は壊滅状態です。

ではメキシコは豊かになったか。逆です。低賃金労働がはびこり、生活できなくなったメキシコ人が大量にアメリカに密入国せざるを得なくなった。ところが、いまオバマ氏はその「不法労働者」を百万人規模で国外に大量放逐する政策をとってる。これがNAFTA(北米自由貿易協定)がもたらした結果ですよ。いま話題になってるTPPもおそらく同じ結果をもたらすだろうね。

ところでGMの拠点だったところが、ミシガン州のフリントっていう街です。ここは今ほとんど更地になってしまってる。残ってる建物もボロボロで、まるで戦争で破壊された街みたい。マイケル・ムーアはフリントの生まれで、「これが俺の生まれた街だ。自動車産業で栄えていた街をこんなにしたのは、いったい誰だ」って、ロジャー・スミスっていう当時のGM会長に談判しに行くんですよ。「お前いまこんなことになっている街を見に来い」ってね。そのような自分の行動をカメラマンに撮らせて、その一部始終をドキュメンタリーにしたのが『ロジャー&ミー』という映画です。結局ロジャーをフリントに連れてくることはかなわなかったんですが、アメリカのトップエリートは「アメリカの街が荒廃しようが俺には関係ない。儲かりさえすればよい」って考えてることがよくわかる映画ですよ。だってGMがフリントを去ったのは儲かっている最中だったからね。

アメリカは何でも儲けの口にするから、規制緩和で刑務所まで民営化した。民営化するってことは儲け主義になるってことでしょ。刑務所が儲けを増やすためには、受刑者が増えないと困る。ホテルががらがらに空いてたら経営が成り立たないのと同じだ。だから犯罪者をどうやって増やすかという話になる。最近でも裁判所の判事が民営刑務所からお金をもらって少年少女を「矯正施設」という名の刑務所に送り込んだことが話題になっていました。民営化の行き着く先を象徴的に示す事件です。アメリカでは「スクール・ツゥ・プリズン」という言葉すらあるからね。謂わば「学校―刑務所―直行便」ってとこかな。

麻薬についても似たところがある。麻薬取締りとか「麻薬戦争」とか言ってますが、麻薬なんてタバコと比べればはるかに有害さに欠ける。だのに麻薬は有害だっていう大宣伝を繰り広げるわけ。だけど麻薬で死ぬ率とタバコで死ぬ率を比べると、これはチョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』などを読めば分かるけど、タバコで死ぬ率のほうが10倍くらい高いんですよ。だからいま白人でタバコを吸う人なんかいない。チョムスキーが、昔はMITでタバコを吸ってる若者を見たけれど今はMITもハーバードもタバコを吸ってる若者なんかいないって言ってる。タバコは有害だってわかったから。米国内ではもうタバコは売れない。だから東南アジアとかでタバコを売るんですよ。

いまアメリカの50州のうち半分ちかくが、医療用も含めて、麻薬を合法化しているんですよ。何で合法化してるかっていうと、麻薬はタバコほど有害じゃないからなんですよ。むしろ医者なんかは医療で使いたいから早く合法化してくれって言ってる。また麻薬を非合法化することによって裏組織が暗躍し、逆に犯罪や殺人が増えている。だからチョムスキーは次のようにすら言ってます。

つまり国際的には、「麻薬にたいする戦争」は他国への介入を隠蔽する手立てなのである。国内的には、「麻薬にたいする戦争」は、麻薬とはほとんど関係なく、人々の関心を真に重大な問題からそらし、都市内部での弾圧を強化し市民権にたいする攻撃を擁護する雰囲気をつくりだすために役立っている。(『アメリカが本当に望んでいること』125頁)



この本はほんとうに面白い本です。アメリカについて目を覚まさせてくれますよ。

それにまた、これはボリビア初の先住民大統領モラレスが言ってることだけど、もしコカが有害だったらボリビアの先住民は死んでしまっていないでしょうって。コカっていうのは南米が原産地なんですよね。だから、モラレスが言うように、コカで人が死ぬんだったら先住民はとっくにいなくなってる。だけどインカ文明ってすごい高度な文明が残ってたわけでしょ。だから麻薬がタバコよりも有害だというのは真っ赤な嘘なんですよ。日本もアメリカの言うこと真に受けて、麻薬がいかにも有害であるかのような宣伝してる。けど、最近ウルグアイの大統領がマリファナ合法化でノーベル平和賞にノミネートされたことも、考えるに価するニュースですよね。

それから、アメリカでは毎日80人以上が銃で殺されてる。いつどこで誰が殺されるかわからない。それがアメリカって国ですよ。あまりにも頻繁だからよほどの人数が一度に殺されなければ、ニュースにもならない。そんな国に日本人をどんどん留学させるって正気なのか。TOEFLを入試に使って英語力をつけて、日本人をもっと送り出すだなんて、無知としか言いようがない。最近の調査でも、学校・大学で起きた銃乱射・銃撃事件だけをみても、10日に一回の頻度ですよ。山中伸弥さんも、もっと外国に留学しないと日本の将来が心配だって言ってるけど、彼はそういう意味ではアメリカという国をほとんど知らないのではないかな。

留学した人の大多数が、アメリカを知ってるかって言ったら、ほとんど知らないと言っていいんじゃないか。なぜかっていうと、アメリカの大学ではさっき[前編]言ったように英語で10冊読まされるわけですよ、各科目ごとに。そしたらもうそれだけでへとへとになるからね。真のアメリカを見てる暇がない。しかもキャンパスの中の寮に住んでるとか、近くの下宿でホームステイしているとかなると、なおさらアメリカを見る機会がないわけよ。夏休みにアメリカ各地をみたことがあると言っても観光地ばかりでしょ。それではアメリカの本当の姿は見えない。

山中さんみたいに学者・研究者としてアメリカ行くとどうなるか。ハイステータスな人たちと付き合って、そういう家庭のお食事に招かれたりはする。だけどそういう生活しか知らないから、アメリカの下積みの人たちがどんな生活をしてるのか、『シッコ』や『ロジャー&ミー』の世界を知る機会がない。だからアメリカに留学してるからアメリカ知ってると思ったら大間違い。アメリカをほとんど知らずに終わってしまう。

僕は文科省の短期研修制度でニューヨークのコロンビア大学に一カ月いた。コロンビア大学はハーレム、いわゆる黒人街と隣接してるんですよ。観光ガイドに「危険だから立ち寄るな」と書かれている。だから普通の人は黒人街には行かない。僕はコロンビア大学のティーチャーズ・カレッジにいたんだけど、そこは英語教育の分野ではすごく有名な大学院なんです。そこである大学の先生が「一度ティーチャーズ・カレッジに来たかった」って僕を訪ねてきたことがある。だけど途中で地下鉄の駅をひとつ間違えて、ハーレムのど真ん中へ行っちゃったんですよ。周りは全部黒人街だからびっくりしちゃって、慌てふためいて乗り換えて、やっと僕のところへたどりついたときには、ワイシャツびしょ濡れ。夏だったこともあるけれど、冷や汗と本物の汗がごちゃまぜになってびっしょりだった。その先生はアメリカで学位をとったひとだから、僕よりもはるかに英語ができる。でもそんなひとでもハーレムには行ったことがなかったんです。

僕も黒人街は危険だって聞いてたから最初はおっかなびっくりだった。でも実際に行ってみたら黒人って襲ってくるわけでもない。むしろ非常に人なつっこい。「お前は日本から来たのか」「俺は日本にいたぞ、米軍基地にいたぞ」とか、「この前、俺は銀座でトランペット吹いてた」とかね、そんなことを話しかけてくるんですよ。危険でもなんでもない。まあ犬もそうでしょ。逃げれば追いかけてきたり、何かしたら歯向かってくるかも知れないけど、何もしてないのに襲ったりはしない。

僕は実際にそういうふうにして、ハーレムを歩いたり、モントゴメリーっていうバスボイコット運動のあったところを歩いたりした。ローザ・パークスという黒人女性がバスの白人席に座って、立てって言われたのに立たなくて逮捕された。それがきっかけでバスボイコット運動が起きた非常に有名な街です。このモントゴメリーの街を黒人は、白人による差別に抗議して、バスに乗らないで歩き通したのね。そういう運動を365日と20日間も(1955年12月1日から56年12月20日まで)続けたわけですよ。

モントゴメリーは、偶然この街の教会に赴任したばかりだったキング牧師が運動のリーダーとして引っ張り出された由緒ある街でもある。だから僕もそこを歩いてみなくちゃと思って歩いてみたわけ。まあ真夏の暑いときだったから耐えられなかったよ。

それから、サウスダコタ州にスー族のアメリカンインディアンが虐殺されたところとして有名なウンデット・ニーというところがある。1890年12月28日の事件です。アメリカのインディアンにたいする民族浄化がほぼ最終的に終わった、そういう地点としても記念碑的な場所です。何と驚いたことに、虐殺を実行した第7騎兵隊には議会勲章まで授与されているんですよ。そこは岩肌ばっかりの不毛の地だけど、今でもアメリカ先住民が住む保留地になってます。そういう所をレンタカー借りて地図を手にして延々と訪ねたりとかね。

たとえばそんな体験をしない限り、アメリカがどんな国かなんてわからないですよ。アメリカに留学してたからアメリカを知っているということはまずない。英語を学べば世界が分かるとか、そんなことはありえない。さっき言ったように、かえって英語の白人エリートの眼で世界を見るようになる危険性が大きい。僕はそれを『英語教育原論』で「家畜化教育」って書いたけど。

外国人教員と学問の変容

―外国人教員を多く雇うとなると、日本の学問が外国の学問に置き換わっていくのではないかと思うんですけれど、起こるとしたらそれはどのような形で起こり得るものでしょうか。(朴)

自然科学、社会科学、人文科学に分けて考える必要がある。自然科学の分野だったら数学が万国共通語で、しかも物理であろうが何であろうが実験で検証可能ですよね。だから害は少ない。だけど社会科学や人文科学になると価値観が入ってくる。しかも、その善し悪しをあらかじめ実験で検証もできない。

たとえば、社会科学、特に経済学の分野の話だけど、アメリカでMBA(経営学修士)を取るということは、アメリカ流の経営がベストだという価値観を身につけるってことなんですよ。そして、刑務所ですら民営化するのが良いことだって価値観を持つ教員が日本の大学で講義する。それは、いまのアメリカの貧困状態が日本の行く先になるってことですよ。製造業は全部国外に出ていく、刑務所は民営化されていく、そんなのが当たり前の社会になって、そういう社会に疑問を持たない人材を大量に育てる。恐ろしいことですよ。

いま中国がそれと似た社会になってきている。北京師範大学で国際学会があったとき、僕はそこで発表するために行ったことがあって、そのときに会った北京師範大学の先生は日本語がよくできる先生だった。彼女は日本にも留学してたんだけど、日本の教育は優れている、どんなに山奥に行っても都会とほとんど同じレベルの教育を受けられる、中国もそういう教育をすべきだと主張してきたと言うんです。だから中国は日本から学べっていうことを論文や教育雑誌でずっと言い続けてきたそうです。その彼女が、最近の中国は全然だめだ、アメリカ帰りの先生が幅を利かせて、学部長になったり学長になったりしてるって嘆いてた。

僕が最近のブログ「もう一つの京都大学事件」で書いたのと同じですよ。1950年代に京都大学の先生がアメリカに送り込まれて、戻ってきたら各学部の部長になったりした。あれと同じ現象ですよ。中国もそれと同じ状況になっている。アメリカの一番悪い部分を勉強してきて、それを中国にばらまくわけ。(蛇足だけど、彼女は最後にこうも言ってました。もっと悲しいことに、今の日本は過去の良さを失ってますますアメリカに近い国になりつつある。)

アメリカでMBAを取った人たちが、たくさん中国にもどってきて、アメリカ流の経営を中国に入れるようになった。それでいまはほとんど規制緩和・民営化万能で、儲けることが大事っていうか、儲け至上主義がはびこっている。北京師範大学の構内にホテルがあったり銀行があったり、マクドナルドのようなアメリカ資本の飲食店があったりして、僕は思わず目を疑いましたよ。

彼女は紫禁城とその近くの天壇公園も案内してくれたんだけど、公園を歩いていたら、公園のあちこちで歌声が聞こえてくる。グループで歌っているんです。あれは何ですかときくと、彼女は「あれは田舎から北京観光に出てきた、いわゆるお上りさんたちで、昔の中国はよかった、今の中国は苦しいということを大声で歌って憂さ晴らしをしているんです」と言う。

確かに言われてみればそのとおりで、昔の中国は物質的には豊かではなかったかも知れないが、教育費も医療費も無料だったからね。ところが今の中国は金持ちでないと良い教育も良い医療も受けられない。これもBSドキュメンタリーで見たんだけど、まともな医療を受けたいと思うと北京まで行かないといけない。北京に着いても、病院で一晩待っても二晩待っても医療にかかれなかったりね。そこにはびっくりするような光景が広がってましたよ。

いま中国が経済大国って騒がれてますよね。日本が蹴落とされて第3位、中国第2位って言ってるけど、中国の実態はそんなもんですよ。ウォルマートとかアメリカの企業が中国に入ってきて、低賃金で労働組合も作らせないで徹底的にこき使ってる。だからたくさん自殺者も生まれてるんですよ。これはDemocracy Now!やRTで報道されてたんだけど、中国にあるアップルの巨大な工場で、あまりの過酷労働のためビルの上から身投げする事件が頻発した。そこで身投げしても死なないようにビルの下にネットを張った。身投げしてもそこで引っかかるからね。その写真も載ってましたよ。

それでアメリカは儲かってるかっていうと、もちろん儲かってますよ。ウォルマートとかアップルとか、大企業の経営者・株主は儲かってますよ。だけど、ほとんどの製造業はアメリカにない。アメリカにあるのはスターバックスとかマクドナルドとか、ウォルマートとか。もちろんロッキード・マーティンとかボーイングとかの巨大軍需産業は残っていますよ。だから戦争すればするほど儲かる。アイゼンハワーが大統領を退任するとき、「軍産複合体がアメリカを支配する時代が来る」と警告しましたが、そのとおりになってる。

以上は、アメリカに留学させたひとを大学や政府の重要ポストに据えることの問題点だけど、もっと露骨にアメリカの学者を当該国に送り込んで、その国の政策を変えさせるという方法もある。ナオミ・クラインの今では古典的名著となった『ショック・ドクトリン:惨事便乗型資本主義の正体を暴く』という本には、チリやインドネシアなどの例が書いてある。

たとえば、「9・11」というとニューヨークの事件を思い出す。だけどチリで1973年の9月11日に、CIAによって支援された軍事クーデターが起こされたことは、ほとんど誰も知らない。このクーデターでアジェンデ大統領は死亡し(殺されたか自殺したかは不明)、クーデターの首謀者ピノチェト将軍は、抵抗する民衆をすべて逮捕・拷問・暗殺するという徹底ぶりだった。

こうしてピノチェトは、アジェンデが目指していた民衆のための経済を阻止して、それを外国資本に開放するための政策を採用した。そしてシカゴ大学教授ミルトン・フリードマンの主張する「新自由主義」、すなわち民営化・規制緩和を極限まで押し進めるために、いわゆる「シカゴ・ボーイズ」を大学や政府の重要ポストに据えた。シカゴ大学に留学したひとたちです。それだけではおさまらずに、シカゴ大学から教授が送り込まれたり、フリードマン自らがチリのサンチャゴに行きピノチェトに講義することすらあった。

もう一つの例はインドネシアです。インドネシア軍のスハルト将軍もアメリカの支援のもと、当時インドのネルー首相とともに第3世界のリーダーとして高く評価されていたスカルノ大統領をクーデターで追い落とした。そして、チリと同じように、それに抵抗する民衆をCIAのリストに従って徹底的に殲滅した。チョムスキーはこの残虐な殺戮行為を、ナチスによるホロコーストなど足元に及ばないと述べています。

そしてスハルト将軍は、チリと同じように民営化・規制緩和、福祉・医療・教育費の削減を極限まで押し進める政策をとった(というよりもピノチェトはスハルトから学んだといった方が正しい)。このとき活躍したのは「バークレー・マフィア」と呼ばれる人たちだった。カリフォルニア大学バークレー校でフリードマン流の経済学を学んで帰国した人たちです。このときも多くのアメリカ人教授がフォード財団の資金でジャカルタに派遣されています。

安倍政権は日本に呼び寄せる留学生を30万人に、海外に送り出す留学生を倍増して12万人にするという政策を打ち出している。けれど、こんなことを知ると、その裏に込められている真の意図は何だろうかと不安になってしまう。1950年代に京都大学で起きた事件を考えると、今の「外国人教員」計画も同じ疑問がわいてくる。

ここで言う「ショック・ドクトリン」は、三つのショック、すなわちクーデターというショック、拷問や殺人というショック、徹底的な民営化と福祉の削減というショックによって、外国資本や特権的エリートの利益になるような経済改革を強引に押し進めることを指している。三つの惨事を逆手にとりながら押し進める経済改革(本当は改悪でしょ)、だから「惨事便乗型資本主義」と名づけたわけ。

いま日本も地震、津波、原発事故という三つのショックに苦しんでいる。これを救うためとして新しい規制緩和が提案されたり、「除染ビジネス」「復興ビジネス」と称して大手ゼネコンが賑わっている。これもはたして本当に福島や東北の人たちが望んでいるような復興なのかね。

それはともかく、ここまでは社会科学、特に経済学の分野の話だけど、人文科学はどうだろう。日本は元々は仏教の国で、儒教の国でもあったんだけど、人文科学の分野で外国の学問に置き換わるとなると、思想の根幹とか文化に影響が及んでくる。

すでに日本には、上智大学や国際基督教大学、南山大学、同志社大学など、驚くほどたくさんのキリスト教の私立大学がある。それに南原繁や新渡戸稲造など日本の著名人にもキリスト者は少なくない。となると、キリスト教の信仰や価値観とか、そういうものを持っているひとは高尚なひとという話になりかねない。京都大学のように大量の外国人教師を採用する計画だと、国立大学もそういう雰囲気になりはしないか。

どこの植民地でもそうだったんだけど、たとえばコロンブスがアメリカ大陸に入っていく時、コロンブスは単身で来たんじゃないんだよね。必ずキリスト教の宣教師を連れて来るんですよ。そして先住民をキリスト教にしながら領地を広げていった。

最近もっと驚かされたことがある。ハーバード大学やプリンストン大学などの、いわゆるアイビーリーグと言われる有名大学は、その出発点ではアメリカ先住民をキリスト教化することを口実にイギリスで資金集めがされ、初期の学長は代々、高位の聖職者だったというんだ。しかも、その大学をつくるために多くの黒人奴隷の汗と血が大量に流された。これはMITの黒人教授クレイグ・スティーブン・ワイルダーが10年かけて調査研究した成果で、新著が出版されたばかり。ちなみに書名はEbony & Ivy: Race, Slavery, and the Troubled History of America’s Universities。

もう一つ別の例をあげると、アメリカ史には「明白なる運命」「明白なる使命」(マニフェスト・デスティニー)ということばがよく出てくる。最初にこのことばが出てくるのは、メキシコから分離独立させたテキサス共和国をアメリカが併合するときで、そのときジョン・オサリヴァンという言論人が、このマニフェスト・デスティニーということばを使って「アメリカは北アメリカ大陸全体に広がる、という天からの負託を受けている」と論じた。それ以来アメリカは、先住民を殲滅しながら太平洋岸にまで達した。西部開拓を神から託された運命・使命だと称してね。

ところが、ことはそれだけでは収まらなかった。今度は太平洋のハワイやフィリピンまでも領有することが天から与えられた使命だと考えるようになっていくんだ。フィリピンを侵略する時も、フィリピンを文明化する、遅れた民族をキリスト教化するというわけですよ(たしかブッシュ氏も、イラク侵略の時、イラクの民衆に民主主義を与える、と言ったよね)。

だけどフィリピン民衆の抵抗は根強く、結局アメリカがそこを平定するのに15年近くもかかった。そのなかで60万人ものフィリピン人が殺されたと言われている。だけど、この事実はアメリカ人はほとんど知らない。ぼくも最近まで知らなかった。

もっと知られていないのは、『トムソーヤの冒険』などで有名な作家マーク・トゥエインが、反帝国主義連盟の副議長として、この侵略戦争に強く反対していたという事実でしょ。『肉声でつづる民衆のアメリカ史』12章に、風刺の効いた鋭い論説が載っていますから、時間があれば読んでみてください。

この関連で、もう一つエピソードがあります。『日本の植民地言語政策研究』[前編参照]にも出てくるけど、日本は植民地言語政策の中で、中国各地で日本語の学校をつくって日本語を広めようとするんですよ。だけどすでに英語がはびこっていて、しかもその拠点になっているのがキリスト教の教会だったり、そこが経営している学校だったりして、それがてこでも動かない。日本語を広めるのに最大の障害物だったって書いてあるんですよ。これを読んでたら、アメリカ文化センターが日本で果たした役割ともすごく重なってきてね。

だから「英語で授業」「外国人教員」って言ってるのも何か裏がある、別の理由があるに違いないって思うようになった。これはあくまで「寺島の仮説」だけど、考えられる理由としては三つある。一つは貿易赤字を解消するために、英語という言語もしくはそれを話す人間を買えとアメリカから言われた。つまりALTを買わされたのと同じ構造になっているんではないかと。

もう一つは、インドネシアでスハルトが独裁者としてふるまっていたときアメリカから大量の学者が送り込まれた。それと同じ構造になっている可能性もある。日本の経済構造を完全なる新自由主義路線につくりかえること、いま福島の地震・津波・原発事故という大惨事を利用して「ショック・ドクトリン」を実行しようというわけです。

先にも言ったけど、同じことが1950年代に起きたよね。京都大学総長がUSIS(アメリカ広報文化局)と連携しながら大学から多くの学者をアメリカに送り出し、もどってきたら各学部の重鎮にすえた。こうして各学部の主導権を握り学内の左派封じ込めに成功したそうだ。

これを知るきっかけになったのは、土屋由香『親米日本の構築:アメリカの対日情報・教育政策と日本占領』という本なんだけど、この事件については最後の1頁で、ひとつの小さなエピソードとしてしか、ふれられていない。

そこでもっと知りたくなって調べて見たら、次々と新しい事実が見えてきてほんとうにびっくりした。これは放ってはおけないと思って、調べた結果をブログ「百々峰だより」に連載した。書いても書いても終わらず、結局7回の連載になってしまった。ひょっとして君たちのうち誰か読んでくれてる?タイトルは「もう一つの京都大学事件」っていうんだけど。

ここで、「もう一つ」と書いたのは、外国人教員100人計画が今おきている「一つ」の事件で、「もう一つ」のさらに重大な事件がこの50年代の事件ではなかったかという思いがあったから。調べれば調べるほど頭をガンガン打ちのめされるような発見の連続だった。僕にとってはすごいショックだったな。

しかし、そのなかみをここで紹介するとそれだけでインタビューが終わりそうだし、実名がどんどん出てくるから記事にするときにも差し障りがあると思うんで、今はやめよう。まだ読んでないんだったらぜひ読んどいてね。

それはともかく、この事件と時を同じくしてアメリカから大量の学者が送り込まれてきた。関東と関西で「アメリカ研究セミナー」を開催するというのが、その理由だった。これは10年間にもわたるもので、その中心にあったのが東京大学と京都大学だった。松田武『戦後日本におけるアメリカのソフトパワー』という本に詳しく書いてある。この本の副題が「半永久的依存の起源」。なかなか意味深長な題名だと思わない?「アメリカ文化センター」の構想もこの頃生まれた。この時の主たる資金源はロックフェラー財団だったが、今度の京都大学の「外国人教員」は日本人の血税で、というわけでしょ。

さて、いよいよ最後の理由だけど、「英語で授業」「外国人教員」をこれだけ強く安倍氏が押し進めようとしているのは、日本の大企業から強い要請があったからではないか、というのが三つ目の仮説。今までは企業が必要な人材は自前で教育をしていたけど、最近の経済事情でそれがもったいなくなってきた。だから国民の税金で大学にやらせようとしているのではないか。

以前は、日本の企業が自分のお金で、アメリカの大学や大学院に、社員を語学留学・研修留学させてたんですよ。全員ではなく必要な人だけね。ぼくがカリフォルニア州立大学で日本語を教えていたとき、そういうひとをたくさん見かけた。でも今はそのお金がもったいない。そこで大学に肩代わりさせれば企業は節約できる。

いま経済のあり方がどんどん変わってきたでしょ。日本の企業は元々、四半期ごとに決算出して利益を株主に配当するってシステムじゃなかったんですよ。アメリカの経済システムが入ってきてから、そういうシステムに変わったわけね。そうすると、目先の利益をどうあげるかだけが勝負になってくる。

いまの政府は消費税を増税して法人税を減税する。大企業が要求してるとおりにね。自分たちの金を使わないで国民の血税で儲けようってわけ。『チョムスキーの教育論』にもあったと思うけど、「儲けは自分のものに、負担は国民に」、それが大企業の基本原則。TOEFLとかTOEICの受験は、いままで企業が自前で教育していたのを、今度は国民の税金でやらせて、儲けだけ自分のものにするっていうことですよ。

京都大学は世界20位に入る大学になるとかいう目標を掲げていましたよね。あれも馬鹿げた話だなあと思う。世界何位って、一体どこが格付けしてるの? 企業でも格付け会社がありますよね。あの格付がいかにでたらめだったかというのは、アメリカの企業が軒並み悪行をはたらいて金融崩壊したときに明らかになりましたよね。有名な話では、エンロンっていう会社があって、そこが格付け会社の評価でAAA(最高位)だったんですよ。だけど後でよく調べてみたら、電力を販売する会社だったんだけど、悪さの限りをしてたわけ。つまり、格付け会社も分からずに格付けしてるし、自分に都合のいいように格付けする。デリバティブなどという摩訶不思議な商品の格付けもそうだったよね。これは間違いありませんっていうAAAの金融商品が軒並み暴落してたじゃない。裏で不正ばっかりしててさ。だとすれば、大学の格付けだってどこまで信用できるのか。

話が少しずれるかも知れないけど、『米国製エリートは本当にすごいのか?』という本があるんです。これは『週刊東洋経済』の記者が会社からの派遣でスタンフォード大学の修士課程に入って自分の体験したことを本にしたもの。これを読んで、僕と同じことを考えてるなあということと、この人は権力者の側でしかものを見てないなあという二つのことを思った。

僕が韓国人について思ってたことはそのまんま、やっぱり思ってた通りだった。つまり、韓国人の留学生が多いのは、国内で飯が食えないから留学して学歴をつけて飯を食えるようにという理由があって、またそのためにTOEFLの点数が高いんですよ。韓国ではソウルにも貧困な地区があってね、ソウルを流れてる川でホームレスが生活してたりしたんだけど、以前ここを強引に立ち退かせて、いまはきれいな公園になってる。それで追い払われた人たちはもう住むところがなくなった。こういうホームレスの人たちを助ける運動があって、それがこの本、『韓国・居住貧困とのたたかい』に書かれているんですよ。いま韓国は老人の自殺率が世界トップになった。昔は儒教社会で年寄りを大事にしていたけど、いまは年寄りの自殺率がトップになっている。これがTOEFLで日本を遥かに追い抜いて英語力トップレベルだって言われてる国の実態ですよ。

他にもきちんとした論文がないかと思って探したら、こういうのが見つかりましたよ、『韓国の貧困問題』。これは柳貞順さんという韓国人研究者が書いた論文で、それを佐藤静香さんという方が翻訳してる。だけどね、どうしてこういうことを日本人の大学の先生がちゃんと研究して論文を書かないんだろうって僕は思うんだよ。すぐ隣の国ですよ。アメリカ研究の学者は山のようにいるのに、隣の韓国のことをきちんと研究してる人はほとんどいない。日本人なのに、アメリカのこともじゅうぶん知らないし、隣の韓国のことも知らない。韓国の貧困についてきちっとした本がないか、結局インターネットで調べるんだけど、僕が知るかぎり、大学の研究者でそういうことを調べて書いた本は一冊もない。『怒りのソウル』を書いた雨宮処凛は、ホームレスの活動で有名になった人だけど、大学の研究者じゃないでしょ。

いまでもこんな状態なのに、英語で授業するようになったら、ますますアジアのことが、韓国のことも中国のことも分からない研究者が増えていくんじゃないか。僕自身まったく知らなかったのが恥ずかしいけど。だからいま韓国のことも知らないといけないと思って勉強してるんだけどね。アメリカのことは知ってるのに隣の国のことは知らないなんて恥ずかしいですよ。

英語力が貧困力だっていうのは二重の意味があって、まず経済の貧困力。英語力の国が豊かになってないことは、英語の宗主国アメリカ、英語を公用語とするインド、TOEFLでの高得点を誇る韓国を見れば、それは分かる。もちろん韓国でもサムスンみたいな巨大企業の幹部は大金持ちですよ。だけど一般庶民は貧乏になるばかり。そんなものを経済力とは言わないでしょう。BRICSのひとつとして最近は注目されているインドだけど、貧困問題は一向に解決されていない。アフリカも最近は英語の浸透力は凄まじい。しかし貧困の広がりも凄まじい。

もう一つの意味は「英語バカ」、つまり頭脳の貧困力。何度も言うように英語って(他の外国語学習も同じだけど)語彙が無限で覚えることばかり。新語もどんどん生まれる。だから、英語ばっかりやってたら頭が馬鹿になりますよ。ものを考えないようにするためには、英語漬けにするのが一番手っ取り早い。批判力を身につけさせない、創造力を身につけさせない、自己家畜化して上の言うことを聞く人間にしたいんだったら、英語漬けにすればいい。しかも教材はTOEICやTOEFLの受験を念頭におき、英米人の価値観がそのままテキストとして使われるとなれば、洗脳力抜群ですよね。これが頭脳の貧困力につながる。

フィンランドが学力世界一とかで有名になったじゃない。しかしフィンランドの大学入試は英会話ではない。膨大なエッセイを読んだり、講義を聞いて理解する力だったり、そういうのを試すんですよ。ところが日本の大学入試のリスニングテストって日常会話でしょ。日本ではあんな日常会話なんてしないから、日本人にとって日常でないものを大学入試で試されているわけね。これも馬鹿げた話。僕は「ザル水効果」って呼んでるんだけど。僕の造語でね、ザルに水を入れてもたまらない。日常的に使わない単語やフレーズは、覚えても覚えても忘れていく。そんなところにエネルギーかけてどうするんですか。何も残らないものにエネルギーかけろと言ってるんですよ。

そういう観点から見ても、政府や文科省の方針は名目どおりに受け取れないものが多い。教育効果がほとんど期待できないにも関わらず、それを主張するっていうことは、それを口実に何か他のことを狙っているんじゃないか。そういうふうにしか考えられない。何度も言っているように、ALTの輸入も貿易摩擦がそもそもの理由だった。そういう過去の実績を見てみると、表向きの理由と裏の理由が違うなんて、いくらでもあるわけですよ。

たとえば、「英語で授業」「外国人教員」にしても、「グローバル人材を育てる」というかけ声は勇ましいけど、実質は文明開化に明け暮れた明治初期への回帰でしょ。夏目漱石がロンドン留学から帰国し東京帝国大学の教壇に立ったとき、もうそんな時代は終わったんじゃないですか。だって工学・農学はおろか、英文科すら日本人教師が担える時代になったんですよ。にもかかわらず安倍内閣・文科省は、時計の針を漱石以前に逆に巻き戻そうとしている。聞いているとこちらの頭がおかしくなりそうじゃない?

グローバル人材が持つべき素養としたらね、自由闊達に議論する力とか、批判する力とか、疑問を持つ力とか、そういうものが本来持つべき力だと思うんだけど、さっきの「グローバル人材育成戦略」見てもそんなこと書いてない。やっぱりそういう力つける気はないのかな(笑)そういえば「協調性」ってのはあったかな。だけど協調性って悪く言えば、上から言われたことに逆らわない、上の人の言うことをすなおに聞く力ですよ。長い目で見たらそういうのは日本を活性化する力にならないと思うんだけどね。

益川敏英さんのいた名古屋大学の「坂田昌一研究室」では、議論するときは坂田先生の発言であっても「坂田さん」と言うことに決まっていたそうですよ。そういう自由闊達に議論する場、議論する力がノーベル賞をうみだしたのだと益川さん自身も言ってる。ところが最近の大学は、学部長、学長、理事会の権限が強まるばかりで、教授会は上で決められたことを承認するだけ。これが知人の大方の意見ですよ。まさに「協調性」ですが、これでどうして世界で注目される大学になれるんだろう。

こんな政府・文科省にぜひ知ってほしい一節(くだり)があるよ。『日本にノーベル賞が来る理由』という本からです。少し長いけど、その一節を紹介して今日の僕の話を終わりたいと思うんですが、どうですか。

歴代のノーベル賞受賞業績を見ると、さまざまな国で生まれた科学者が重要な貢献をしているのが分かります。しかし後に見るように、科学者が先端的な研究を推進する、いわば「舞台」はヨーロッパと北米大陸に限られ、極めて少数の例外としてオーストラリアやイスラエル、そして日本が基礎科学を推進していることが分かります。中国やインドなどの出身者は主に米国で研究してノーベル賞を得ていますが、国家としての中国さやインドは軍備や核開発などに多くの予算を割いて、世界の先端を切り開く科学技術の揺りかごとしては認識されていません。そんな中で日本は非常に例外的なのです。自国で生まれ、自国語で世界最高度の教育を受けた科学者が、内外で世界をリードする研究を進めている国は、他に殆ど存在していません。これは日本の誇るべき伝統として自覚してよいと思います。(同書37頁)



―今日は貴重なお話をありがとうございました。