文化

映画評『標的の村』

2013.10.01

見えなかった沖縄の裏側

映画『標的の村』は、沖縄本島北部の東村(ひがしそん)高江の住民が自分達の生活や高江の自然を守るために立ち上がり、そして闘う姿を記録したドキュメンタリー映画である。琉球朝日放送制作の映画で、同放送局でニュース番組キャスターを務める三上智恵氏が監督として同名のテレビ番組を映画化した。なおそのテレビ番組は昨年9月に全国放送されて、その後のオスプレイ強行配備を受けて編集を加えられて12月に沖縄ローカルで放送された。高江の住民は「何」と闘っているのか。『標的の村』は問いかけてくる。

2007年、高江を囲むようにヘリパッド(ヘリポートよりも簡易で小規模なヘリコプターの発着場)が新しく建設されようとしていた。そこに新型輸送機オスプレイが離着陸するようになれば、高江の住民は騒音に苦しむ。しかも森林が破壊されてしまう。なぜならオスプレイが出す排気は高温で山火事を起こすからだ。そこで住民は建設に反対するため工事現場前に座り込む。すると彼らは国に「通行妨害」で訴えられてしまう。その中には現場にいなかった7歳の女の子も含まれていた。強い団体が弱い市民を脅迫するために起こすこのような裁判はアメリカではSLAPP裁判と呼ばれ、多くの州では禁止されているが、日本には禁止する法律がないのだ。その5年前の通行妨害の仮処分申請から本裁判への発展や控訴審を経て、最新の判決では伊佐真次さんを除いて訴えが棄却されているが、その一人には敗訴が言い渡されて通行妨害禁止命令を受けてしまう。今のところ住民側は上告を申し出ている。その間も座り込みは行われ、現在でも続いている。

その一方で高江の住民は米軍から「標的」扱いされているという。なぜなら米軍のヘリは低空飛行で窓を開けて彼らの住居を見ながら旋回するからだ。しかもその村人の「標的」扱いは今に始まったものではなくほぼ50年以上前からであることについて、映画の中で監督たちが取材している。

1960年代、米軍は沖縄基地内に村を造りそこに潜むゲリラ兵士を襲撃するという演習を行っていた。これはベトナム戦を想定したもので、高江の住民は村に住む南ベトナム人役として徴用されていたのだ。その造られた村は「ベトナム村」と名づけられた。

沖縄にヘリパッドがなければオスプレイはやってこないと思いきや、2012年9月、普天間基地への配備が決定する。しかも決定したのはオスプレイ配備反対を叫んだ県民大会の直後だった。9月29日、県民は体で、車で、ゲートを塞いで普天間基地を完全封鎖する。「声をあげてもだめ。議会で反対決議してもだめ。実力行使しかない」と、ある人はカメラに向かって語っていた。この事件が全国ニュースで流れることはなかった。が、その22時間に及ぶ完全封鎖を、琉球朝日放送は映像として記録していたのだ。映像の中には、ゲート前の人々に手をあげる米兵、記者をも含めた人々を強制排除する警察官も映り込んでいる。そうした抵抗もむなしくオスプレイは普天間基地に運び込まれ、周知の通り、現在では沖縄本島上空を訓練のために飛び回っている。

『標的の村』というドキュメンタリー映画をこれから観る人に特に注目してほしいのが、様々な立場にいる人々の顔である。防衛局主催の米軍基地に関する説明会の中で「米軍から(オスプレイ配備の)確認が取れれば皆さんにも説明する」と出席者に話す局長の何を考えているのかよく分からない顔(結局説明する機会がなかったのだが)。ヘリパッド建設反対住民に現場前で問い詰められ「あんたは酒臭い」と言ってごまかそうとする防衛局員のにやついた顔。封鎖されたゲート前で「あんたもそんなことしたくないだろ」と言われて押し黙る警察官の顔。運び込まれたオスプレイを見ながら「沖縄をバカにしている」と憤る「高江ヘリパッドいらない住民の会」の安次嶺現達さんの顔。高江の住民含め沖縄の人々は現状を何とかしようにも自らの立場ではどうにもできず、ひたすらもがいているのではないか、という印象を彼らの表情から受けた。この映画を見ている限り問題は袋小路に入りこんでしまっている、という印象まで持ってしまった。住民は座り込むしかなく、建設業者は建設を試みるしかなく、警察官は座り込みを排除するしかない。

自分は何もできないのか、何もしていないだけなのか。そもそも関わるべきかどうか。この映画を観た後そんなわだかまりが残った。しかし今の自分にできることとして、遠く離れた沖縄の米軍基地問題を新聞、テレビの時々の報道に見せられるのではなく、それらに加えて書籍やネットなどを通して自発的に知っていこうと思った。(海)

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