文化

バルカンを彷徨う ―「眼(まなざし)」を探す旅― 環on映画会 第38回『ユリシーズの瞳』

2013.06.16

6月6日、環on映画会・第38回『ユリシーズの瞳』が人環・総人図書館西側の環onで開催された。環on映画会とは毎月1回環onで開催される映画上映会だ。人環・総人の教員が映画の案内人として、おすすめの映画を紹介し、参加者全員で鑑賞する。今回の環on映画会は約半年ぶりに開催され、30人以上が集まった。この映画の案内人は、紆余曲折を経て人類学を專門とするようになった風間計博 人間・環境学研究科教授である。風間氏は長期のフィールドワークから帰ってきてこの映画に出会った。絶望に満ちたバルカン半島を描いたこの作品に、どことなく心を惹かれたという。そんな風間氏による映画の案内を聞き、映画が始まった。

20世紀末、バルカン半島動乱の時代に、故郷であるギリシャに帰国した一人のアメリカの映画監督がいた。彼は、バルカン半島で最初の映画作家、マナキス兄弟についての映画を作ろうとしていたのだ。彼は、兄弟の未現像のフィルム、誰も観たことのない幻の3巻のフィルムを探す。マナキス兄弟の幻のフィルムは、バルカン半島で最初の「眼(まなざし)」なのだ。それにはなにが映っているのか。「眼(まなざし)」はなにを見たのか。寡黙な映画監督は、「失われた眼(まなざし)」を求めて危険な旅にでる決心をする。ギリシャから始まる彼の旅は、戦乱の世に苦しむバルカン半島の人々との出会いを経て、戦火のサラエヴォでクライマックスを迎える――。

舞台は戦乱期のバルカン半島で、特に旅の終着点であるサラエヴォでは人々は敵襲におびえ暮らしている、という穏やかならざる状況であるのに、映画の運び自体はゆるやかである。この映画は全編約3時間という長大なものだが、ひとつひとつの場面がとても丁寧に作りこまれており、長さを感じさせない。長回しの映像とエレニ・カラインドルの壮大な音楽が絶妙なハーモニーを生み出しており、壮大な映画抒情詩となっているのだ。バルカン半島を流れるドナウ川の雄大な光景のシーンには画面に吸い込まれそうだった。多くを語らない無口な主人公の心情や、ひとつひとつのシーンにこめられたメッセージを読み取ろうとすれば、もう画面から目を離せなくなってしまう。

1995年には、バルカンを舞台にした映画がもう一つ公開されていた。エミール・クリストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』である。カンヌ国際映画祭ではこちらのほうが評価は高いようだ。しかしアンゲロプロス監督特有のゆったりとした映像と映画終了後のなんともいえない感覚は、得難く素晴らしいものである。ぜひ一度味わってみてほしい。(井)