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年間ルネベスト2012―京大生の読書録―【総評編】

2013.03.16

俗に「つき合う友を見れば人柄が分かる」というが、これは「書棚を見れば」と置き換えてもある程度成り立つ。取り巻く人間の多さが人格の指標にならないのと同様、多くの蔵書を所有していればいるほど立派だというわけでは必ずしもない。だからといって、一つ一つの書物にどれだけ感化されたか、知識を得たかが肝心なのだといえば、かのショーペンハウアーだって失笑するかもしれない。書棚とはむしろ人の視界のようなもので、その人が何に注意を留め、凝視してきたのかを私たちはそこからうかがい知ることができる。今号では、「ルネベスト2012」という書棚から、京大生の「視界」の軌跡を明らかにしてみたい。(薮)

《本紙に2012年のルネ売上げ100位を掲載》

①『京都大学by AERA』にみる愛校心



今号に掲載した「ルネベスト」が2012年1月から12月までの販売ランキングを表していることを踏まえると、9月21日発売の『京都大学by AERA』(1位)の売れ行きはずば抜けていると言わざるを得ない。京大生の「愛校心」が如実に表れた結果である。

この『AERA』、京大関係者でなくとも「読ませる」ように作ってある。山中伸弥・iPS研究所教授をはじめ、文理様々な分野の教授が自らの専門を語る一連の記事は、さすがの読み応えである。学生の特集がいささか少ないのを差し引いても、買って損はないかもしれない。『Newton』を彷彿とさせる美麗かつ知的な装丁なので、贈り物としても最適である。日頃お世話になっている親戚に贈れば、きっとたいそう喜ばれるか、自尊心を非難されるかのいずれかである。

本書はまた、普通の雑誌には無い資料的価値も有している。というのは、本紙でも度々報道してきた「国際高等教育院」構想が最初に公のものとなったのは、実は本書においてなのである(詳しくは本紙10月16日号および『京都大学by AERA』101頁を参照)。松本総長とAERA編集長による対談録を仔細に分析すれば、未決定事項をさも既成事実のように語る技術が身に付くことは請け合いである。このように、本書は実に様々な可能性を秘めているのだ。

②根強い「京大教員」人気



毎年そうなのだから、やはりと言うべきなのだろう。2、3位および29位にランクインした瀧本哲史・客員准教授の「武器」シリーズを筆頭に、京大教員の著書が目立つ(なお、『武器としての決断思考』(2位)は昨年度年間ルネベスト1位につけている)。「武器」シリーズは全国的にも依然かなりの売れ行きを見せており、「京大教員」の肩書きよりもそのプラクティカルな内容が人気の理由であると推察される。つとに好評を博していた山中伸弥・iPS研究所教授の著書も、当然のことながら複数ランクインした。昨年10月のノーベル生理学・医学賞受賞の発表であれほど湧いたことを考えれば、もっと上位に位置していてもいいような気はするが、それまで安定した売れ行きを見せていたことの帰結とも読み取れる。先述した愛校心は、こんなところにも見出すことができる。
そのほか、中野剛志・元工学研究科准教授『TPP亡国論』(59位)、佐伯啓思・人間環境学研究科教授『反・幸福論』(18位)、『経済学の犯罪』(62位)、鎌田浩毅・人間環境学研究科教授『資源がわかればエネルギー問題が見える』(51位)などがランキングに挙がっている。時代のイシューに対する世間の関心に応えるという「新書」の役割を如実に反映した結果である。言い換えれば、これは京大生が世間の動向を見据えた「視界」を持っていることの証左なのかもしれない。一方で、原発問題の関連書籍は昨年ほどには手にとられなかったようだ。

③森見ブームは依然健在



「愛校心」は「京大作家」への偏愛にも表れている。しかるに「京大作家」といえばかなりの程度絞られてしまうほど、京大出身の作家は稀少であり、かつ独特である。その筆頭ともいえる森見登美彦、万城目学の人気は健在で、もはや不動のものとなりつつある。森見に至っては5冊がランクインしており、この「年間ルネベスト」においては殿堂入りも同然と言えるだろう。新作はもちろん、『夜は短し歩けよ乙女』(21位)、『四畳半神話大系』(28位)などといった代表作の人気も俄然根強い。

一方で、貴志祐介、平野啓一郎、綾辻行人といったベテラン作家が名を連ねていないのはいささか不可解な点である(貴志に関しては昨年、映画・アニメといったメディアミックスで世間的にはかなり知られるようになったはずなのだが)。推測ながら彼らの「京大出身」というイメージが弱いことがその理由だとすれば、翻ってこの枕詞が持つ影響力はなかなか侮れないと言えよう。なお付け加えておくと、ここ数年で、京大出身(在学中)の新人作家が続々とデビューしているようだ。日本において、そして世界においてその名を轟かせるような作家が次々に出てくることを願う。

より一般的なことを言えば、京大生は小説をよく読む。毎年のようにノーベル文学賞候補に挙がる村上春樹の大作『1Q84』は、文庫化も手伝って今年も最上位付近につけた。昨年度も紙面で扱った『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズをはじめ、メディアミックスを果たした小説も多数ランクインしている。

よくよく見ると「古典」と呼べるものがほとんど挙がっていないが、そのことを以て「京大生の古典離れ」と結論付けるのは早計であろう。大学というものの性質上、ここには図書館の存在が一役買っているのかもしれない。古典は図書館で、新作は書店で、というのは私自身よくとる策である。そんな中でも、西田幾多郎『善の研究』(88位)のように晦渋な古典を手元に置こうとする京大生がなお一定数いることは、やはり注目に値する。W・H・マクニールの古典的名著『世界史』(上:5位・下:13位)やジャレド・ダイアモンドの世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』(上巻:6位・下巻:8位)の高い人気も、教養主義の残滓として説明がつくだろう。

この限られた紙幅では、一斑を見て全豹を卜すのが関の山である。しかし、少なくとも「愛校心」というキータームがなお有効であることをお分かりいただけただろう。「愛校心」によって矯正された京大生の「視界」は、今後どのように移っていくのだろうか。

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