『フランス革命の省察』を読む 「保守主義」の原点とは何か(2013.01.16)

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昨年の衆議院選挙では、自民党や日本維新の会といった保守政党が、民主党や日本未来の党などの革新政党から議席を多く勝ち取る結果となった。しかし、保守とはなんなのか、よく分からない。そこで、保守主義の聖典といわれるE・バークの『フランス革命の省察』を読み、保守主義とは何かを探ってみることにした。 (羊・待・P)

〈第一部〉


本書の第一部では革命直後のフランスとイギリスの状況を対比しながら、政治のあるべき姿が語られる。そこではバークの政治思想が現実の状況にそくして綿密に展開されており、本書の真髄とも言えるだろう。

革命協会に対する批判


本書におけるバークの問題意識の1つはイギリス国内におけるフランス革命同調者の批判にあり、具体的には、議会改革や宗教的寛容の実現を目標とする急進派クラブの代表「ロンドン革命協会」を指している。バークが批判のやり玉として挙げるのは、「革命協会」のプロテスタントの牧師リチャード・プライスの主張である。その内容は、イングランドの国民が名誉革命によって「(1)我々の統治者を選び、(2)失政の故を以て彼らを追放し、(3)我々自身のために政府を形成する権利」を獲得した、というものであった。これら3つの主張に対し、バークは権利の請願や権利宣言を引用しながら反論していく。

自然権の否定


ここではバークの思想がよく表れている(3)についての批判に着目する。バークは権利の請願の第一条「陛下の臣民はこの自由を相続して来た」という言葉を引用し、「彼らは自らの諸特権を、抽象的原理に立った「人間の権利として」ではなくイギリス人の権利として、また彼らの祖先より発する家産として要求したのです」と述べる。つまり、イギリス人は自由を先祖代々受け継がれてきた財産と考えており、抽象的な「人間の権利」や「自然権」によって獲得されるとは考えていなかったと言うのだ。

バークにとって文明社会とは国王と国民の慣習的取り決めであり、その取り決めが法(コモン・ロー)である。その法の原理の下で、憲法や国家の枠組みが決定され先祖代々にわたり相続されてきたのだ。国民の自由や権利はそうして醸成され相続された先祖の遺産であり、国王はそれを擁護する義務がある。一方で、それが保障される限り国民は王に忠誠を尽くし世襲による王位継承を保持する義務があるというのがバークの基本的な考えである。

したがって、イギリス人の自由は慣習に基づかない抽象的な権利によって主張されるべきでは無いとバークは言う。そして、人民主権の思想に影響を受けたプライスの主張は何ら根拠が無く祖先の叡智を軽んじているばかりか、文明社会の否定だと批判するのである。

保守の意義


バークは人間について「誤り易くか弱い」と断言する。だからこそバークは、不完全な理性の考案物に頼るばかりでなく、「自然の不謬強力な本能の授け」すなわち先祖より相続された権利や財産を重視するべきだと度々説くのである。バークは諸利害の対立や葛藤に重きを置く。それは軽率な決定に対して抑止力を持ち、「熟慮」を必然的にもたらすからである。全ての変革を妥協の問題にし、節度ある中庸をもたらし恣意的権力による向こう見ずな改革を抑止する。これこそがバークの保守思想のエッセンスであり、理性を重視し祖先から伝授された遺産を全て破壊したフランス革命に対するアンチテーゼでもあった。バーク自身は決してあらゆる改革を拒んでいる訳では無く(バークは自由主義を標榜するホイッグ党に所属していた)、その改革の方法を批判したのである。

自然的貴族の責任


バークはフランスにおける第三身分による国民議会に鮮烈な批判を加える。それはバークが統治の資格に美徳と叡智を第一とし、それは民衆では無く「自然的貴族」に与えられていると考えるからである。ここでバークが貴族を血統や肩書きに限定しないと明言していることに注意すべきである。彼が「自然的貴族(natural aristocracy)」と呼ぶ時、それは教育や生活環境、天より与えられた美徳や知恵を通して国民に畏敬の念を抱かせ民衆に道徳を授ける者を指す。つまり、教養や徳を生まれながらにして身につけたエリートによる統治こそ自然であり、その責任だとバークは言うのである。

バークは自然的貴族の具体的条件として、「生活状態、恒産、教育、更には理解力を拡げて自由に羽搏(はばた)かせる習慣」に相当秀でた人を挙げている。また、財産については他と比較を絶する程の大財産を持っているべきだという。これは国家による大財産の保障が中小財産の保障につながるからだとバークは述べている。

正しい偏見に従うこと


バークは、偏見について以下のようなことを述べている。個々人が自分一人の理性に従って行動するよりも、偏見に従って行動する方が賢明である。またその偏見は、より永く続き、より広く普及しているほど良い。

ここでバークの言う「偏見」とは、永い年月をかけて培われてきた、伝統的なものの見方や行動の基準、制度などのことであり、必ずしも、偏見という語から私たちの思い浮かべるような後ろ向きのニュアンスばかりを含んではいない。さらに注意しておきたいのは、バークは、伝統的な偏見ならば何にでも従うべきだと主張する訳ではないということだ。先人たちの知恵を内包しているもの、つまり一定の合理性を伴った偏見(バークはこれを「正しい偏見(just prejudice)」と表現している)に従うべきである。そしてほとんどの場合、伝統的な偏見は、そういった正しい偏見であるため、伝統的な偏見に従う方が個人の理性に従う場合よりもうまくいくことが多い、とバークは主張するのだ。

英国国教会の意義


また、バークは、「正しい偏見の例」として、国教制と教会制度を挙げている。これらの担い手となる英国聖公会の意義について、バークは大きく分けて二つの点に言及した。

一つ目が、宗教的慰めを人々に与えることである。バークは、「人間がその造りからして宗教的動物である」とみなし、宗教的慰めは万人に必要だとしている。そのためキリスト教は英国の人々にとって無くてはならないものであり、また、もしそれを人々が放棄してしまったならば、人々の精神は真空状態に陥り、そこにキリスト教より劣った危険な迷信が入り込み、キリスト教への信仰に取って代わる恐れがある、と説く。それを防ぎ、上流階級の人々から一般庶民にまで万人にキリスト教的な愛を注ぎ、慰めを与えることが、教会の負うべき役目の一つだとバークは主張するのだ。

二つ目が、国家や法に対して、その権威を保証することだ。ここでバークは国家や統治者、法に対する聖別(=教会が国家、統治者、法を神聖なもの、世俗一般から離れたものだとしてきよめること)の重要性を論じている。この聖別により、統治者は自分の任務が気高く、価値のあるものだと認識し、目先の利益や賞賛に目を眩ますこともなくなる。また、自身の自由を確保するために権力の一定部分を受け入れる必要のある市民たちに、国家に対する畏敬の念を抱かせることでそうした権力を自然に受け入れさせることができる。以上の統治者への効果と、被統治者への効果を、バークは聖別に期待できる効果として挙げる。しかし、同時に、聖別の際の注意点についても言及した。それは、聖別された国家や法を、統治者は自分の好きなように扱えるものだと思ってはならないという点だ。つまり、統治者は、自分が祖先から受け継いだ制度が、自分だけのものではなく、子孫にも引き継がれていくものであることを意識し、軽はずみな変更を加えないようにしなければならない。もし伝統を軽んじて、それらの制度に軽々しく変更を加えてしまえば、以後の統治者も伝統を軽んじるようになる。その結果、思いつきのような安易な変革が頻発し、国家の連続性が破壊され、ひいては国家そのものが崩壊してしまう危険性がある、とバークは警告するのである。

〈第二部〉


さて、本書の第二部は、国民議会が実際に行った政策についての記述が中心である。もっとも、本書が出版されたのは1790年であり、1789年に起きた革命のその後の顛末を事後的に語ったものではなく、どちらかといえば国民議会の政策が失敗に終わるであろうことを予見した内容となっている。新政府の政策や統治機構の不備を指摘することで、フランス革命を否定することが第二部の目的となっている。

国家制度の不備


まずバークは、新政府の選挙制度について批判している。人口一定数に対して地区の議員の定数を決める一方、地域全体の納税額の大きさも考慮して定数を決めるという仕組みも並立していた。バークは、人口に基づいた定数と納税額に基づいた定数が矛盾すること、納税額に基づいた定数は1票の格差に結びつくことを指摘した。

次に、バークは議会の権限が大きすぎると述べた。国民議会は「可能な限りあらゆる権力を持ち、しかも可能な限り外的規制を持たない」という。すなわち、国民議会の暴走を規制する仕組みがない。

そのうえ、王は判事の下した判決や議会で決められた法を執行する役割となっていて、まったく権威を持たないことを問題視した。これはのちに軍隊の統制を考えるときに問題となる。

また、絶対王政に対する貴族の抵抗の牙城となっていた高等法院(上級裁判所)が廃止されたことについても批判を加えている。高等法院にも多少の腐敗や党派性があったかもしれないという留保はしつつも、司法の独立を保証していた機関であったため、失われることに強く反発している。

新政府の司法制度は判事を任命し、服従させるという仕組みであり、さらに行政部は新しい裁判所の管轄権から外されているために、「法の力に最も全面的に服すべき人々がそれを免れている」といった事態に陥っている。

軍隊の統制の欠如


国民議会の軍無償担当国務大臣の演説は、軍隊は無秩序状態にあり、クーデターが起こるとたちまち軍事政権になってしまうとの危惧を報告している。バークはこの認識について多くを付け加える必要はないといった上で、どうして軍部の規律が乱れたのかを考察している。

そもそも、国民議会が軍隊に優越することができるようになったのは、主として兵士たちを唆してその将校たちを裏切らせたからであった。これによって、軍隊の中での上への服従の原理が失われた。

また、前述のとおり、国王に権力や権威がなく、軍隊が国王を何とも思っていないことは確実だという。また、国民議会は再選が禁止されており、任期の2年分しか継続しない議会に対して、兵士たちは忠誠を捧げることはないだろう。さらに、国王が兵士が地方の徒党や結社と交わることを容認したために、ますます忠誠心が失われるだろうと述べた。

将校の指名権は国民議会にあるとされているが、バークは、権力の真の所在は「際限なく拒否できるものにある」と指摘する。これは将校たちのことであり、彼らは議会の中での計略に走るようになり、党派を形成するだろうと予測した。

バークは軍部のクーデターの危険性について党争状態が続いた後、「誰か人気のある将軍が出現して、万人の視線を彼の一身に集めるでしょう」と述べ、ナポレオンの出現を預言しているともいえる。

また、市民の反乱などが起きたとしたら軍によって鎮圧するしかないであろうことを指摘し、それが人権という理念と矛盾しているのではないかという。

危険な財政運営


最後に、革命後のフランスが財政危機に陥っていることが扱われる。まず、革命後の国庫収入は革命前と比べて3分の1以上減少したというデータを挙げている。税収の減少の理由の一例として、塩税の廃止がある。フランスでは革命以前は塩の専売に課税していたが、これは不公平であるということで廃止した。

急激な歳入減を受けて、議会は塩税と同等の税金を納めるべしと命令したが税収は集まらず、人々にも収入の4分の1を自発的に献金するよう求めたが、もちろん集まらなかった。バークはこうした議会の無策を批判した。

租税制度が機能していないので、紙幣を乱発してこれを補おうとしたが、結果として通貨価値の下落とインフレーションを引き起こした。政府に信用がないため国債の買い手もつかず、財政運営は困難を極めた。

土地や教会財産の没収とその売却により何とか歳入を補填しようとしたが、これらをバークは「強奪」であり、人々の権利と矛盾していると批判した。没収された土地が頻繁に売買されることで、土地投機を招いたこともまた指摘している。

結び


これらの政策上の不備への指摘を通して、バークは革命後のフランスの現状を、「一部の人々が実に大きな自由を享受し、他方、大多数とは言わないまでも多くの人々が、抑圧的で屈辱的な隷従を蒙っている」と批判している。

バークはこうした認識をもとに、混乱をもたらしたフランス革命はその犠牲に値するものではなかったと結論付けた。

〈解説と視点〉


『フランス革命の省察』はフランス革命が起きた1789年の翌年に出版された。バークはその時61歳であり、すでに英国の下院議員を25年務めていた。当時のイギリスは1776年のアメリカ独立革命や産業の発展などの影響で、貴族支配を打倒するための急進的な運動が盛んになっていた。そうした中で、貴族による支配が脅かされていると考えたバークは、本書を出版することでそのことに警鐘を鳴らした。

もっとも、彼は決して人々を弾圧すべきだと考えたわけではなく、また絶対王政が望ましいと考えていたわけでもなかった。彼は名誉革命後の立憲君主制と議会制および政党政治を徹底して擁護していた。決して反動的ではなく、1760年代にホイッグ党の一党支配が続き議会が腐敗した時は議会改革運動に携わっていた。王による専制を否定し、政治の腐敗を嫌悪した彼が何故、フランス革命を敵視し、イギリス国内でも貴族支配の撤廃に反対したのか。

彼は、人間の能力や道徳に関してきわめて悲観的であった。そのため、新しい政府を作って一から国の制度を設計したところで、うまくいかないだろうと考えていた。既存の制度はその国民の特性や歴史を踏まえて積み重ねられたものであり、一定の合理性を持つものだと考えた。そのため、フランス新政府が既存の制度をすべて転覆して新しい制度を実施した結果、軍の統制や徴税もうまくいかなくなり混乱を招いたと批判した。法の支配を重視し、経済への介入を批判したのも、人間の能力や道徳に懐疑的だったからである。

また、王は万能ではないために王による専制は悪をもたらすと考えた一方、全ての人に選挙権を与えることも政治の不安定さを招くために望ましくないと考えた。そのために貴族や地主階級が中心となって政治を行うべきだと主張した。この主張の背景には、全ての人が平等に選挙権を持つことができるという「正当性」よりも、名誉革命という手続きを経て至った現行制度の「正統性」を重視する考えがあった。これは「神が国家を作ることを欲した」「(選挙は)神の摂理に基づく信託行為」と述べるような彼の宗教観に起源を持つ。

そして、保守主義は「理想の国家像」を持たないものであり、現状維持を第一に考える思想である。一方、進歩的イデオロギーは、一定の理想に基づいて既存制度を批判する。バークは観念的な「理想の状態」に現実を近づけようとするとき、理想と現実とのギャップを埋めるために、現実の人々が犠牲になったり混乱に巻き込まれたりすることが許せなかった。

さらに、彼は理念よりも現実を重視し、思想よりも経験を重視した。「政治の学問は、経験を必要とする」といい、彼の政治家としての経験からフランス新政府の政策の矛盾を批判し、イギリスの経験主義の思想的伝統を受け継いでいた。

要約すると、彼がフランス革命を否定し、立憲君主制と議会制に基づく貴族支配を重視した理由は、①人間の能力の限界への認識、②権利や平等といった概念よりも歴史的な経緯の重視、③理想に現実を近づけるべきだという考えへの反感、④経験主義という4点である。これはまた、保守主義の基本原理ともいえる。

さて、『省察』はフランス革命後の混乱と、恐怖政治の到来を予期したという点で非常に画期的であったが、いくつか批判もある。まず、第一部は非常に感情的であり、事実誤認が散見されたようである。さらに重要な批判として、フランス革命前の体制であるアンシャン・レジームの負の側面をあまりにも軽視しているのではないか、というものがある。そして、イギリスは絶対王政を終焉させるために無血の名誉革命だけではなく清教徒革命など、人々の流血を経ていた。それにもかかわらず絶対王政を打倒したフランス革命を批判し、名誉革命によって成立したイギリス憲法を見習えと主張するのは、公正さにかける。フランス革命が人々の犠牲と混乱を招いた面は確かにあるが、それでも民主主義のためには不可避だったかもしれない、という評価も存在する。

現代の視点からは、身分制も肯定しがたい主張である。もっとも、多くの先進国で身分制が廃止され、法の下での平等が定められている現在、身分制は「維持」すべきものではなくなった。一方、イギリスでは現在も上院は貴族院と呼ばれ、エリート主義も健在である。そのため、身分制の議論は、身分差別としてではなく、だれが中心となって政治を担うべきかという問題に移行したともいえる。

ここまで、本書の主張とそれに対する批判を概観してきた。ここで、バークの思想を手掛かりに、現代日本についても少し考えてみる。保守主義は特定のあるべき姿を目指すものではなく、現状維持と漸次的な改革を目指す思想であった。それを踏まえると、自民党のスローガンにみられる「日本を、取り戻す。」といった復古主義は、過去の日本を理想として現実をそれに近づけようとしている。そのため、革新勢力との対立で便宜上「保守」と言われているものの、本来の保守とは言えないかもしれない。

また、自民党政権では小中学生の道徳教材である「心のノート」が復活し、約6億円の予算が盛り込まれたが、このような教材を設けて子どもが道徳的になると思うような思想は、保守主義とは相容れない。何故なら、保守主義者は人間の知性に懐疑的であるため、「制度や教材を変えれば人が変わる」といったような考えに対しては「万能な制度や教材を考えることはできない」と反論するであろうからだ。

このように、保守主義の思考法は、慎重さを欠いた政策を批判するために用いることができる。現状に問題があるときでも、急に制度を変えるのではなく、歴史的な経緯を考えて慎重に問題解決にあたる。 保守主義自体は現状維持のイデオロギーであるが、特定の理想を持たないという特徴を持つために、保守主義的な思考法はどのような思想を持つ人にとっても意義のある思想といえるのではないだろうか。

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