文化

〈生協ベストセラー〉平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)

2012.12.16

「コミュニケーション能力」とは何か



今日、至るところで「コミュニケーション能力」というものが異常な程求められている。特に、「就職活動」の四文字に絡めて意識している人が多いのではないだろうか。実際本書によれば、企業の人事担当者が新卒採用に於いて重視した能力について、25項目のうちから5項目を選んで回答するという日本経団連の経年調査では、9年連続で「コミュニケーション能力」がトップとなっている。では、そもそも「コミュニケーション能力」とは一体何を指しているのだろうか。そんな疑問が頭によぎったならば、一度本書を手にとってみても良いかもしれない。

本書は戯曲家の肩書きを持つ著者ならではの独自の観点でもって、教育現場に始まり社会システムの在り方や会話に見られる文化的側面など、それはもうコミュニケーションに関わるありとあらゆる問題が考察されている。

世の人々に、特に若い労働者に求められている「コミュニケーション能力」とは、価値観の違う人に対してもきちんと主張を伝えることができる事と、かつその場その場の空気を読んで発言するしないといった状況判断ができるという事の、矛盾した二つの事を指すと述べている。そして、このような厄介な能力を往々にして社会が要求するとき、二つの事を同時に行えないという板挟みの状況が作り出されて我々の頭を悩ませると述べる。更に、そのような能力を手に入れたとしても果たして本当の豊かな会話が生み出され得るだろうか、と疑問を呈している。自由な表現が多々認められる会話こそ、あるべきコミュニケーションの姿であると著者は考えるのである。つまり、しゃべらないことも表現としてはアリ、埒のあかない水掛け論も一応アリ……。ただ、自身の欲する社会的地位を確立出来ないという状況に陥らないためにも、学生が社会に出て見知らぬ人と「コミュニケーション」を最低限交わせるように義務教育が手助けを担う必要性にも一応言及はしている。

まあ、この本を読み進めていくうちにコミュニケーションなんぞにそう悩む必要はないということだけとりあえず理解してくれれば、というのが著者の意図であろう。一体何をそんなにコミュ力コミュ力と騒ぎ立ているのかと、冷静になれと、自分を見つめなおすきっかけを与えてくれる一冊だと思う。(水)