文化

〈企画〉検証 京大硬式野球部はなぜ60連敗したのか

2012.09.16

今年5月21日、京都大学硬式野球部は関西学院大学に1―0で勝利した。勝利の瞬間、京都大学の選手全員がマウンドへ走り出して喜びを分かち合う。まるで優勝したかのような騒ぎだったが、そうではない。京都大学にとって2009年5月5日以来のリーグ戦勝利だったのである。この1勝を挙げるまで3年以上を費やし、関西学生野球連盟のワースト記録となる60連敗(1引き分けを挟む)を喫してしまった。

なぜ、京都大学硬式野球部は60連敗してしまったのか。連敗が始まった2009年の春季リーグから連敗を止めた2012年の春季リーグまで(但し、関大は2009年秋季リーグ戦を辞退している)の各種データを基に、関西学生野球連盟と京大硬式野球部の全面協力のもとでその原因を徹底分析したい。(銭)



リーグワーストの得失点



野球とは相手より多くの点を取ったチームが勝つスポーツである。そのため、まずは勝敗と相関関係が強い得失点に注目して京大を分析する。

7シーズン合計の京大の得点は表1の通り、わずか73。リーグトップである同大の333点や同じ試合数である関大の234点に比べれば京大の得点能力の低さは一目瞭然である。1試合あたりの平均得点が1.03では、京大投手陣には「2点以上取られると負け」という非常に大きな負担がかかっている。特に2011年秋は得点の低さが顕著に見られ、10試合でわずか2得点に終わり74イニング連続無得点を喫した。一方、失点も483点で得点と同様に群を抜いてリーグワーストである。

このように「点を取ることができない打線」と「その貴重な得点を守ることができない投手陣」こそ、71試合を戦ってわずか2勝しかできない京大の弱さの原因である。ここからはさらに詳しく京大の得失点を分析する。

表2は各大学のイニング別得失点をまとめたものである。初回の得点は「先発投手の不安定な立ち上がりをいかに攻めることができたか」を示し、初回の失点は「先発投手の立ち上がりがいかに不安定であるか」を示す。勝率1位の同大は全イニング中初回の得点が最も多く、反対に2位にも関わらず立命は初回の得点がリーグ5位である。京大は総得点が少ないのでイニング別得点に特段の傾向は見られないが、失点には多少のばらつきがある。初回の失点が70。1試合に必ず1点は初回に失点している計算であり、1試合の平均得点が1.03であることを含めると、京大は初回を終えた時点で勝利を逃していることになる。さらに京大が先制を許した試合は0勝62敗。初回に失点してしまうと逆転するのはほぼ不可能であることからも、京大の深刻さがうかがえる。

表1

表1 各大学総合成績(2009年春~2012年春)



表2

表2 各大学のイニング別得失点




1割台のチーム打率



ここでは京大の打撃陣を分析する。細かいデータは表3の通りだが、目につくのはやはり京大のチーム打率の低さである。6大学唯一の1割台で、これだけでも京大の弱さは明らかではあるがそれだけではない。安打・四死球・出塁率の全てでリーグワーストを記録している。つまり、得点が少ないのはそもそもランナーを出すことができないからなのである。残塁の少なさは「効率よく得点しているから」ではなく、「出塁できないから」だと考えれば辻褄が合う。さらに犠打飛・盗塁もリーグワーストであることからもわかるように数少ないランナーを犠打で進めたり走らせたりすることなく、かといって本塁打数や長打率の低さからするに長打を期待できるわけでもない。

他大学に目を移すと、立命は三振や併殺打こそ多いものの、本塁打や長打率でトップになるなどリーグ屈指の打線を誇る。対照的にチーム打率は.236でリーグ5位の関大は四死球の多さでカバーし、リーグ2位の出塁率(.344)を記録している。

次にセイバーメトリクスによる各種指標を見ることにする。打者の攻撃力を示すOPSでもリーグワーストを記録し、OPSと同様に長打率と出塁率の総合指標であるNOIやGPAでも圧倒的に最下位である。前述のように四死球でもリーグワーストであるのに加え、四死球による出塁率であるIsoDでも最下位であることから、京大がいかに四死球で出塁できていないかということが裏付けされる。反対に勝率1位の同大はすべての打撃系指標で好成績を収めるなどリーグトップの得点にたがわぬ打撃陣を有している。そのような同大と正反対の道をひた走る京大はヒットが打てない、四球が選べないといった根本的な問題に直面しており、もはや手の施しようがないと言っても過言ではない。

しかし近大は各打撃系指標がそんなに良くないにも関わらず、勝利数・勝率ともにリーグ3位につけている。これはなぜだろうか。この疑問を解決すべく次項では各大学の投手陣を分析する。

表3

表3 各大学打撃成績(但しデータの都合上、出塁率は(安打+四死球)÷(打数+四死球)で計算している)




走者を出しては返す投手陣



表4を見れば明らかだが、京大は打撃成績だけでなく投手成績も良くない。防御率・失点率ともにずば抜けてワーストであり、1試合あたり10本のヒットを打たれ4つしか三振を奪えず6つの四死球を与えている投手陣は壊滅的だと言っていい。さらに暴投・失策・捕逸もリーグワーストで守れない野手も投手成績をより一層ひどいものにしている。1イニングあたりどれほど走者を出したかを表すWHIPが1.83。他大学と比べると極めて悪い。これほどランナーを出していれば、投手は相当粘らなければならない。しかしLOB%(投手がいかに粘れたかを示す指標)を見ればわかるように、こちらでもワーストを記録していて京大投手陣が粘れているとはいえない。その結果が7点台の失点率、6大学で唯一マイナスを記録しているRSAAに表れており、勝率わずか3分という成績に直結している。

勝率5位の関大の失点率が2.83であることからもわかるように、関西学生野球連盟には投高打低の傾向が見受けられるなか、失点率7.08の京大は異端である。一方で同大は野手だけではなく投手も優秀で、完封数こそリーグ2位だが完投数・無四球試合数・QS率でナンバーワンを記録している。そんな同大と比べても遜色ないピッチングスタッフをそろえるのが近大である。失点率・WHIPでは同大を差し置いてリーグトップであり、表3の失策数から守りが堅いことが分かる。打撃のよくない近大がリーグ3位の勝率(.623)をマークできたのは投手を中心とした「守り勝つ野球」を実践しているからだと言えるだろう。

ここに京大の目指すべき野球があるのではないか。打ち合いになれば勝ち目はほとんどないと言っていい。得点があまりにも少なすぎるからだ。よって京大が勝つためにはいかに少ない得点を守りきれるかにかかっている。投手陣には非常に大きな負担がかかるが、究極を言えば0点に抑えれば負けることはない。投高打低の関西学生野球連盟においてはそれが勝利への一番の近道なのではないかと思う。

表4

表4 各大学投手成績(但しデータの都合上、チームの自責点は各投手の自責点の合計とし、WHIPは(被安打+与四死球)÷投球回数で計算している)




2002年秋以来の勝ち点へ

 
ここまでの分析でなぜ京大が60連敗したのか、その原因がわかっていただけたと思う。長かった60連敗をようやく止めた京大にとって急務なのは投手陣の立て直しである(もちろん打撃陣もだが)。このままいけば各大学との差はますます広がり、「京大には勝って当たり前」といった大変不名誉な風潮さえ蔓延しかねない。

しかし、喜ばしいことに9月1日から始まった2012年秋季リーグの開幕戦で京大は関大に勝利した。残念ながら勝ち点は取れなかったが、この先10年ぶりの勝ち点を獲得し12年ぶりに最下位を脱出する京大が見られればと思う。

試合例

【用語解説】

関西学生野球連盟・・・同志社大学、立命館大学、近畿大学、関西学院大学、関西大学、京都大学の硬式野球部が所属するリーグ。春と秋に総当たりのリーグ戦を行う。各大学とそれぞれ2試合ずつ戦って先に2勝すると勝ち点1を獲得するという勝ち点制で順位をつける。

セイバーメトリクス・・・データに基づいて野球を客観的かつ統計学的に分析・研究する方法のこと。1970年代にアメリカのビル・ジェイムズによって提唱された。

OPS(On base Plus Slugging percentage)・・・「出塁率+長打率」で算出される、打者の攻撃力を示す指標。得点との相関関係が強く、セイバーメトリクスの最も基本となる指標である。

NOI(New Offensive Index)・・・OPSの派生指標。「(出塁率+長打率÷3)×1000」で算出されるため、出塁率と長打率の比率が3:1とOPSより出塁率を重視している。

GPA(Gros Prodction Average)・・・OPSの派生指標。算出方法は「(出塁率×1.8+長打率)÷4」であり、出塁率と長打率の比率を1.8:1で評価する。

IsoD(Isolated Discipline)・・・四死球によってどれだけ出塁できたかを測る指標。「出塁率-打率」で算出される。

IsoP(Isolated Power)・・・長打率より純粋に長打力を測る指標。「長打率-打率」で算出される。

QS(Quality Start)・・・先発投手が6イニングを投げて自責点を3点以下に抑えた時に記録される、先発投手の安定感を示す指標。QS率とは全先発投手中、QSを達成した先発投手の割合を示す。

WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched)・・・1イニングあたり走者を何人出すかを表す指標であり、結果ではなく内容を重視している点が特徴。「(被安打+与四球)÷投球回数」で算出される。

RSAA(Runs Saved Above Average)・・・平均的な投手と比較してどれほど失点を防いだかを示す指標。この値がプラスになればなるほど平均より失点を防いだことになり、逆にマイナスになればなるほど平均より多く失点したことになる。「(リーグ平均失点率-失点率)×投球回数÷9」で算出される。

LOB%(Left On Base percentage)・・・投手が走者を出しながら、いかに粘り強く失点を防いだかを示す指標。この数値が高ければ高いほど粘り強いピッチングをしたということになる。「(被安打-与四死球-失点)÷{被安打+与四死球-(被本塁打×1.4)}」で算出される。

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