〈生協ベストセラー〉伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房)(2012.07.16)

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調和のとれた歪な社会 幸福のかたちを問う


人々が互いを気遣い、慈しみあって穏やかに暮らしていて、痛みや苦しみがほとんど存在しない。そんな社会を想像してみたことはないだろうか。この小説に描かれる近未来の社会は、まさにそうした調和のとれた社会だ。医療・科学技術の発達により、人々は体調を常に監視され、少しでも異常があれば「メディモル」という装置ですぐに治療を受けられる。個人の命や身体はかけがえのない公共の財産であるという〈リソース意識〉が市民の間に浸透し、それ故に、だれもが互いに優しさを惜しみなく与えあう。ある種のユートピアのようにも見える社会だが、そこにあるのは全体主義であり、優しさをおしつけあう、人々のどこか歪な姿だ。本作の主人公・霧恵ヌァザやその友人・御冷ミァハらはそんな社会に倦み、反発して、体調を管理する機構の穴をつく方法で、自殺を試みる。「この身体は誰のものでもない。私自身のものだ」と主張するために。結果的にミァハ以外の自殺は失敗におわり、舞台は13年後へ。死に損ねたヌァザが、世界保健機関の監査官として働いているなか、世界を大混乱に陥れる事件が発生し――

作中では、統治機構としての「政府」は衰退し、社会の構成員の健康保全を最大の役割とする「生府」がそれにとって代わった、〈生命主義社会〉という世界観が展開されていく。その世界観の中で、思春期の少女たちの自意識が描かれ、「自意識」は進化の過程で偶然獲得されたものであるという論理的考察まで披露される。緻密につくりあげられた論理展開と、主人公の独白として描かれる感情が、バランスを保って上手くとけあっていることもこの作品の魅力である。

この作品は、人類には(少なくとも現代を生きる我々には)受け容れがたい結末を迎える。物語の展開上、論理的な帰結であり、ある意味ではハッピーエンドを迎えたと言えるのだろうが、どこか納得がいかない。感情がそれをハッピーエンドだと認めることを拒むのだ。そのエンディングについて著者は、「その先の言葉」を探していたが、今回は見つからなかった、とインタビューのなかで語っている。本作での結末は、まだ途中経過であるというのだ。残念なことに、2009年に著者が早逝してしまったため、「その先の言葉」が著者自らの手で見つけられることはなくなった。しかし、彼の探していた言葉は、その意志を継ぐ作家たちによって今後見つけ出されるに違いない。(待)

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