春秋講義 河合俊雄・こころの未来研究センター教授「『1Q84』に噴出する  ポストモダンの世界」(2012.06.01)

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京大の学術研究を学内外の人々へ広く発信する「春秋講義」の春期最終回が、5月23日に時計台記念館百周年ホールで行われた。今期のメインテーマは「こころを科学する」。第三回目となる今回は、こころの未来研究センター・河合俊雄教授が「村上春樹でこころを科学する」というテーマで、現代のこころの様相を語った。

近年、こころは脳科学の分野として捉えられがちだが、臨床心理学の分野ではクライアント(患者)の語りや表現を通して振り返るというアプローチをとる。とりわけ、村上春樹の作品にはポストモダンの意識が映し出されていると言う。本講義で河合教授は『1Q84』を読み解くことで、脱近代化しつつも、一方でプレモダン(前近代)の世界が噴出するこころのあり方について迫った。

以下、『1Q84』の内容について触れるため、これから読もうとお考えの方はご注意ください。

『1Q84』の面白さは、ポストモダンの意識とプレモダンの意識の二重性だと言う。主人公の青豆と天吾は、それぞれ宗教団体や歪な親子関係といったカルト的な共同体に束縛されている。多くの近代小説では、共同体からの解放を経て、主体性を持ってパートナーとつながろうとする。しかし、『1Q84』では、束縛から解放された後も、各々が孤独な生活をおくっている。性と暴力を媒介にした偶発的な出会いはあっても、主体的なつながりが見られない点に、ポストモダンの意識が見られると指摘する。90年代以降、こうした主体性や罪悪感のような近代意識を喪失した人が増加し、解離性障害や発達障害といった症状が目立つようになったと話す。

さらに、ロマンチックラブのような近代的なつながり方ではなく、突然で直接的なセックスと暴力による関わり方を志向するポストモダンの意識に、一方でプレモダンの世界が交錯していると言う。プレモダンの世界では殺害する事は最高の愛であった。例えば、カルメンのクライマックスは、闘牛場でホセがカルメンを殺すシーンである。カルメンは一般的には女性をめぐる三角関係の物語と考えられているが、このシーンに限っては牛と闘牛士、ホセとカルメンという四者関係を検討する事ができる。闘牛という儀式において闘牛士が牛を殺してその魂を得る事が出来るとされているように、このラストシーンはホセが愛するカルメンを殺す事で、その魂を得て超越的な結合を果たしている事を示唆しているのだ。『1Q84』では、青豆による殺害と愛の連関を示す描写がたびたび示されており、リーダーの殺害によって超越性との邂逅を果たしていると語る。

河合教授は、このような主人公たちと超越性との出会いをユングの四位一体性の概念を用いて説明する。四位一体性とは、一般に男女二人だけの関係とされた恋愛関係において、無意識に男性が持つ女性像(アニマ像)、女性が持つ男性像(アニムス像)を含めた四者関係を導入する考え方である。例えば、錬金術師は女性の助手(ソロル)との関係を通じて、聖なる王(アニムス像)と王妃(アニマ像)の関係を実現し超越的な結合を目指す。『1Q84』ではリーダーとふかえりが聖なるカップルとして、青豆と天吾が人間の関係として存在する。そして、リーダーが青豆と、天吾がふかえりとつながる事で、四位一体性の中で聖なる関係の方が棄却され、人間の関係が実現しているのだと話す(この論理展開について詳しく知りたい方は河合俊雄著『村上春樹の「物語」』6章を参考されたい)。この四位一体性の関係の中で、主人公たちは超越性との出会いを通じ現実を相対化し、恋愛を成就させる。つまり『1Q84』は単に超越的な世界から現実に帰って来てハッピーエンドを迎える物語ではない。元々の現実をもたないポストモダンな主人公たちが、超越的なものにふれてはじめて現実を肯定する物語だと述べ、独自の村上春樹論で講義を締めた。

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