映画評 マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(2012.04.01)

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英国初の女性首相 栄光と失墜


「小説であれ映画であれ、特定の政治家の伝記(回想)という体裁をとる作品を評することは、ある種の厄介さを伴う。好むと好まざるとにかかわらず、その人物の政策に関する評価―言い換えれば、評者自身の政治観への言及―を避けて通ることができないからだ。ましてやこの映画は、有史最も評価の分かれる政治家の一人、マーガレット・サッチャーの回想記―いや、「戦記」と呼んでもよい―である。極力政治的な言及は避けておきたいものの、表題にある「鉄の女の涙」の裏に、更なる時代の「涙」があったことを思うと、この映画に対する印象は随分変わってくるということだけは指摘しておきたい。

このような注意を払っておきながらではあるが、結論から述べると、サッチャー自身の主観が色濃く反映された筋書きにどこか釈然としない感想を抱く。確かに、サッチャー元首相の内奥に踏み込んでいる場面はいくらかある。しかしそれらは、老いとともに認知症を患うようになった彼女の悲惨さによってかき消されている。

この映画に描かれる在りし日のマーガレット・サッチャーは、その強固な信念によって歴史を牽引してきた「鉄の女」のイメージそのものだ。家庭を顧みない女性としての生き様、ホモソーシャルな政界に一人紛れ込んだ女の一代記、暴動に非情な覚悟で面するリーダーの苦悩。要するに「この人はすごい」と観客に自己完結させてしまう、あのありがちなパターンなのである。また、意見の相違を認めればすなわち敵とみなし、自己との間に明確な二項対立を措定するサッチャーの意識が、どこまで実態に沿ったものであるのか疑わしい(老いてもなお、思考が病に侵されてもなお、弱者切り捨てと抵抗してきた部下たちを “Weak!”(「腰抜け!」)と罵る姿は、作り手の一方的なイメージが投影されているような気がしてならない)。ドキュメンタリー的手法を駆使した現代英国史のダイジェストといえば聞こえはよいが、伝記ものとしては「サクセスストーリーと哀愁漂う引退後」という、有象無象の域を出ないと評せざるを得ないだろう。

脚本についてこそ不満は多いけれども、そんな中で、「鉄の女」サッチャーと、認知症を患い、亡き夫の影を追い続ける老年のサッチャーを演じ分けるメリル・ストリープの演技が光る。二度目のアカデミー主演女優賞を獲得したこのベテラン女優のためにあるような映画であるといっても過言ではない。この調子で、次はヒラリー・クリントンのオファーが彼女のもとに来ることでも期待したい(というのは冗談だが)。

さて、存命の人物を演じるのは自身にとって初めてだったとストリープは語っているが、やはり時代の生き証人、加えてマーガレット・サッチャーのように未だ評価の定まらない人物を映画化するには、いささか早すぎたのではないだろうか。政治家という主題の扱いにくさを改めて思わせる映画である。(薮)

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