〈企画〉編集員海外渡航記(2011.10.16)

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これは編集員による海外渡航記である。研究や旅行、海外渡航の目的は人それぞれ。今回は2つのケースを紹介する。(編集部)

連載・タンザニア


◆はじめに—連載に際して◆

この旅行記を書く前に、一つはっきりさせておきたいことがある。そもそも私は旅行が嫌いだ。こう言ってはなんだが、面白みがわからないのである。数少ない私の旅行体験に鑑みても、荷物を抱えてたどりついた観光名所はテレビで見たままだったし、いつもより広いベッドも小奇麗な部屋もなんだか落ち着かない。ましてやこのインターネット社会、おいしいご当地グルメは自宅にいながらクリック一つでネット通販、Googleマップで世界の路地を散策できてしまう時代である。

そんな私がアフリカ東海岸に位置するタンザニア連合共和国を訪れたのは、野生動物の研究をするためであった。フィールドワークという目的がなければ、私はアフリカの地を踏まずに一生を終えたことだろう。旅行嫌いの私であったが、調査地となる国立公園へ行くまでの過程は旅行そのものであったし、現地ではタンザニア人をアシスタントとして雇い、森では常に行動を共にしていた。近くの村へもよく顔を出した。こうして日本を離れてタンザニアで過ごした期間は約1年。おかげで今では、近くの村に住む人にもある程度認知され、露店の飲み屋で隣になったおっちゃんと世間話ができるくらいにはスワヒリ語が上達したし、調査地でタンザニア人のコックに教わり、彼らの主食の1つであるチャパティを小麦粉から作れるようにもなった(と言っても小麦粉と水を練って焼くだけだが)。

思い返せばいろいろな人たちと出会ったものだ。私にとって彼らは異文化圏の人であり、時に被雇用者であり、森を歩くパートナーであり、たまたまその場に居合わせた人であり、また良き友人であった。そんないろいろな人たちと出会い、話をする中で、私は自分とはナニモノであるかを改めて認識させられた。自分探しの旅という、いかにも青春めいていて書くにも小っ恥ずかしい言葉が世の中にはあるが、私の場合、旅の途中で自分を見つけたというよりも、むしろ旅の途中で自分が露わになっていったと表現すべきだろう。彼らには、感心したこともあれば呆れることもあり、冷や汗をかくことも多々あった。日本人としての常識や、私が自分の中で作り上げていた価値観、世界観、人生観といったものが、彼らと付き合うことによって逆照射され浮かび上がってくる、そんな経験の連続であったと思う。このような私のタンザニア体験を、これから号を跨いでエピソード的に紹介していきたい。旅行の魅力、とまで言い切る自信はないが、私の感じたアフリカ・タンザニアの魅力を少しでも共有できれば幸いである。

◆タンザニアに到着した直後のことを思い出しながら、雑感を書く。◆

2010年6月、関西国際空港を出発してカタールの首都ドーハを経由し、タンザニアの旧都ダルエスサラームに着いたころには、日本から20時間が経過していた。現地の旅行社に用意してもらった車に乗り込み、郊外を走る。土埃が立つ中、信号待ちの車を狙って商品を抱えた人たちが集まってくる。売っているものはペンやら皮むきオレンジやら置時計やら地図やら服やらさまざまだ。勝手にフロントガラスを洗い始める子どももいる(運転手は無表情でワイパーを動かして追い払った。あとでお金を要求されるからだろう)。

もちろんだが、車窓から見える人々はほとんどが黒人である。彼らはたいてい外国から流れてくる古着を着ているようで、おそらくアメリカのものであろう少し大きめのサイズの服を身に着けていたりするが、スタイルが良いせいでそれが妙に似合っているからおもしろい(私が彼らと同じ恰好をしたら、とてもじゃないが京都四条河原町界隈は歩けないだろう)。日本語の書かれたTシャツを着ている人もしばしば見る。いつかきっとお目にかかるはず、と思っていたが、阪神タイガースのハッピを着ている人を船の上で見かけたときは「やっぱりあった!」と得意になった。女性はカンガと呼ばれる派手な色の布を上下に仕立てて着用していることも多い。この布には「Unataka Yote, Unakosa Yote(すべてを望むものはすべてを失う)」などのアフォリズムが刺繍してある点が特徴的だ。

ダルエスサラーム空港から郊外を走ること30分、タンザニアを東西に走る鉄道を超えて、初めて旧都ダルエスサラームの市街地に入る。抱いた感想は、そんなに日本と変わらないじゃないか、というものだった。比較的高いビルが建ち並び、スーツに革靴の人が増えてきた。露店も見られなくなり、街並みの近代化の度合いは日本の地方都市とほとんど変わらないように思えた。ただ、大通りを離れて少し路地を入っていけば、壁にスーツをずらりと並べて道端で売っているような下町に出る。昼間でも日本人が1人で行くべきではない、とされる場所も近くにはあり(夜は基本的に出歩くべきではない)、人も物資も情報も、ごった煮にして集めているような雑駁な感じがダルエスサラームにはある。

タンザニアの治安は良いとは言えない。私の滞在期間中にもどこかの大学の先生がうっかり知らない人の車に乗ってしまい、後で両脇から乗り込んできた仲間に脅され、財布を奪われたらしい。バスの中でガムを薦められるままに食べてしまうと、中には睡眠薬が仕込まれており、眠りこけている間に金品を奪われる、という犯行も聞く。私にもいちど、タクシーの運転手さんがにこやかにガムを差し出してきたことがあった。その運転手さんには何度かダルエスサラーム市内の移動の際にお世話になっており、「まさかね…」とは思ったが、結局そのガムは食べられなかった。正確には、「ありがとう!」とにこやかな顔で受け取って、食べたふりをして包みを解かずにカバンに入れた。そのガムはなんとなく捨てられずにいて、日本に帰ってきた今も研究室の机の引き出しに仕舞ったままである。(侍)

※タンザニア渡航記は数回にわたる連載予定です。

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