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「生命倫理とケアの教育と実践」開かれる 第2回連続公開シンポジウム

2007.12.16

12月16日、京都大学連続公開シンポジウム「倫理への問いと大学の使命」が時計台記念館・百周年記念ホールにて開催された。全4回のうち第2回目となる今回は「生命倫理とケアの教育と実践」と題し、最先端の生命科学・医学研究の領域から直接患者と向き合うケアの領域に至るまで、様々な「倫理的」問題に焦点が当てられた。

〈医療倫理教育の抱える問題とは―基調講演―〉

基調講演は浅井篤熊本大学教授(医学薬学研究部)が行った。同氏はまず生命医療倫理教育の抱える課題を指摘。教育対象に関しては、国家試験を控えた学部6回生や「知識」も「やる気」もない2・3回生に教育をする難しさを語った。

また、大学では授業時間数が足りない、病院では機会がそもそもあまりないという「量的」問題や「何のため」「誰のため」に教育をするのかという「質的」問題が存在していることも指摘。学習者を評価する方法はどうあるべきか、教育がそれだけで自己完結しているのではないかなど、様々な問題点を浮き彫りにした。

課題を克服する方法としては、行動につながるような「琴線に触れる」教育を目指したいとし、映画を通して考える、困難事例を検討する、集中講座を開くなどの試みを提示した。

同氏は次に「臨床倫理コンサルテーション」について紹介。延命治療中止や安楽死、病名告知など、様々な倫理的問題が日々現場で生じているにも関わらず、医療従事者へのサポートは殆どないのが日本の現状。コンサルテーション活動では、彼らが対応に頭を抱える事例について相談を受け、法体制の現状や適切な手続きを明示した上で具体的な対応策を提示している。

同活動の評価例では、「今までするのが当然だと思っていた治療に関して、それが患者にとって有益なのか、倫理的に妥当なのかを考えるようになった」という看護士の意見が紹介された。一方問題点としては、まずコンサルタントを行う3つの形態(個人・倫理委員会・チーム)のそれぞれに長所と短所があることを指摘。

その上で、「メンバー間で推奨する選択肢が分かれた場合、両論併記すべきか」、「日本の現状では違法な可能性のある医療行為をコンサルタントの倫理的信念に基づいて、ベストの選択肢として推奨して良いか」などが結論を出すべき問題として提示された。

講演の結びには教育とコンサルテーションに共通する問題点が示され、「議論が分かれている問題の取り扱いはどうすべきか」、「必要性を認識しない人間にどう働きかけていくか」などが挙げられた。

〈後手に回る生命倫理の構築―パネルディスカッション―〉

パネル講演では3人の演者が壇上に立った。加藤和人准教授(人文科学研究所)は日本の生命倫理への取り組みについて、具体的課題に対する取り組みに比して理念を考える活動、すなわち問題を先取りして準備しておく活動が弱いと指摘。今話題のiPS細胞を例に挙げ、CELL誌に論文が掲載された昨年の8月から準備をしておくべきだったと指摘した。

林優子教授(医学研究科)は、看護は実践知(実践の中に埋め込まれている知への関心)が重要であるとし、機能的に生み出された理論を既成服のように現場に持ち込んでも合うことの方が少ないと述べた。

村田久行京都ノートルダム女子大学教授(生活福祉文化学部)は終末期ガン患者のスピリチュアルペインを「自己の存在の価値と意味の消滅から生じる苦痛」と定義。ケアは「関係に基づき、関係の力で苦しみを和らげ、軽くし、なくすること」だと定義した。

会の最後には講演者全員によるパネル討論が行われ、積極的に質問をする参加者の姿も見られた。次回第3回目は来年の7~8月に開催される見通し。開会の挨拶を行った矢野智司教授(教育学研究科)によると、今後のテーマは未定であるものの、第3回目は「他者と倫理との関係」、第4回目は「市民形成と倫理との関係」を構想しているという。

《本紙に写真掲載》

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