佐々木健一 日本大学教授「芸術は終わったのか?」(承前)(2011.09.16)

Filed under: 未分類
????????????????????

近代美学の誕生


―専門とされている美学とは、どのような分野ですか。


学問領域を指すのではない、一般的な用語としても「美学」は使われています。例えば「三島由紀夫の美学」と言うとき、その当人もどういった意味で使用しているか厳密には分からないけども、美に関係するこだわりのようなものを美学と言うと思います。だから美学という学問が存在すると聞いて驚く人は時々いますね。

学問としての美学は訳語で、明治時代に中江兆民の『維氏美学』に初めて現れます。彼はフランス語のl’esthetique (英語ではaesthetics)を美学と訳し、それが定着し今に至ります。その原書の中にl’esthetiqueとは何かということが書いてあり、そこにl’esthetiqueは美についての学問と考えていいだろうと書いてあります。それに従って彼は「美学」と訳しましたが、ただ原著者が考えていたフランス語のl’esthetiqueは何よりもまず芸術哲学でした。しかし一般通念として美学は美についての学問と考えられていたらしく、その定義を大筋で認めて、右のような発言をしたのでしょう。

aestheticsには3つの柱があります。まずaestheticsのネーミングが意味しているのは感性学です。感性的な認識の学問、つまり理屈ではなくて感じ取るような認識方法を指します。しかし感性的な認識で何を考えるかというときに、認識対象としての芸術、そして芸術が実現する価値としての美、というのを同時に考えます。3つのテーマ、感性的な認識、芸術という対象領域、美という価値、その3つを重ね合わせて理解しています。この学問が提唱されたのは18世紀半ばで、18世紀末にはだいたい認知されたと言っていいでしょう。19世紀初頭以来は基本的に芸術哲学となり、現代の西洋人の中にaestheticsと聞いて芸術哲学以外を想起する人はほとんどいないと思います。

―美とは何でしょうか。


どの文化圏にも古代より美や感性についての思想がありますが、認識形態としての感性的を大体はいかがわしいように見ていると思います。しかし近代において美学が学問となるときにはそれなりの理由がありました。いま美学史という本があったとすると、古代から連綿として美学が存在していたかの如く書いてあるでしょう。しかしそれは違います。美についての思想はやはり18世紀特有の時代的な重要性を持っていました。中世には別の重要性はあっても、一つの学問領域として美学を独立させるような重要性を持っていないと思います。

18世紀半ばにおける美の重要性とは何でしょうか。この時期はルネッサンス以来の文明の大きな激動の只中にあり、17世紀前半のイギリス市民革命により王政が打倒されるのを経験しています。時代の人々の捉え方の徴表(index)として、僕は哲学者ホッブズの考え方が重要だと思います。人間は自然状態ではみな生存のための闘争権を持っており、永遠に人間同士が闘いあう状態にいるという彼の理論は空想の産物ではありません。彼自身、王政打倒という激動期の中に身を置いていました。「万人の万人に対する闘争」という状況の中、当時の西洋文明の基本的課題はいかに新しい平和な秩序を確立できるかということです。当然、当時の哲学にとっても基本的な問題でした。その時、美しい世界とは秩序があると認識させるものだと考えられました。これは感性的認識と関係します。美という価値の形態は、何の前提もなしに感性的に捉えられ、理屈では分からない、見るとそれとしてすぐに美しいとわかります。その認識形態自体も、旧いものを壊してゆくこの激動期の中では重要でした。

同時期にフランスの哲学者マルブランシュという、キリスト教的哲学を標榜した哲学者は、神がなぜ世界を創ったか考えます。こう言えば全く暇人が考えたようにも思われますが、実は非常に現実的な意味があったのではないか、つまりこの世界の存在根拠は何かということを同時に問うているわけです。マルブランシュが出した答えは、美しい世界を創ることが神にとっての誇りとなるということでした。神は完全な存在なので、世界が必要だから作ったのではありません。ではなぜ創ったかというと、それは美しい世界を創ることによって一種の自己満足、自分の誇りを得るためです。つまり動機なしに何かを起こすという、動機無き動機は美にあるほかないと彼は考えました。美学を提唱したのはバウムガルテンという哲学者ですが、彼の主張は時代の要請に符合しています。換言すると彼の主張する3つのテーマである感性的認識、その対象として美という価値、それが実現されるような芸術、そのそれぞれに共感する素地が時代にあったと言えます。

新しい文明にとって重要な美は自然美でした。同時期の哲学者シャフツベリも自然、宇宙の中に美があるということを問題としています。マルブランシュも神の創造した宇宙、自然美を問題としています。人間の芸術作品の話ではありません。美学は最終的に19世紀初めに確立し、その後現代にいたるまで続く芸術哲学となりますが、以上は「美の哲学」です。美の哲学は自然美、宇宙の美についての哲学であり、それは自分たちの住む世界が秩序を持ちうる、平和な世界となり得ることを保証しました。

ところが19世紀初頭になって確立した美学は、もうほとんど自然美を捨てていて芸術作品の美学に変わります。美の哲学と芸術の哲学のギャップは非常に大きいものです。芸術の哲学は、芸術は自然ではなく人間の作り出すものであり、人間の創造的な活動は芸術において極まると人々は考えました。その間に起きた変化には芸術自体の変化、世界の中における人間の位置の変化、色々なものが関与していると思います。芸術の変貌という点では僕は、近代の代表的な形態を孤独で瞑想的な芸術と呼んでいます。

孤独で瞑想的な芸術の対比項としてあるのは王が催す大規模な芸術です。ルイ14世はベルサイユの城の中でジャン・ラシーヌの悲劇やモリエールの喜劇を上演しました。よく案内に面白おかしく、ベルサイユ城ではみな庭園の中で用を足していたと書いてあります。まあ面白いでしょう。しかしこういった事が起こる理由は、あの城は王権の象徴という意味合いを託された、非常にパブリックな構築物だったからです。当時の芸術はひとりで鑑賞するものではなく、多くの宮廷貴族達に王の権威を吹き込むような効果を持つものこそ芸術だったのです。ベルサイユ城を見る人々はその素晴らしさに感銘し、素晴らしさが王の権力のイメージに投射される。悲喜劇の上演は単なる楽しみのためではなく、文化政策のひとつでした。

しかしその頃から同時に、ほんの少しずつ個人的、内面生活に関係する芸術が現れてきます。つまり先で挙げた、孤独で瞑想的な芸術に相当します。それ以前も宗教芸術の中にそうした特徴は認められないわけではありませんが、そこには宗教的な思いがこもっています。対してそうした宗教性抜きにした、普通に生活している我々の内面生活と直結するような芸術が近代的な芸術です。美学が芸術哲学として確立することと、そうした芸術が主流となってくる芸術の歴史的段階とはまさに対応します。

フランスの哲学者アランの『芸術論集』には軍隊のパレードは芸術だと書いてあり、僕は学生時代に読んで驚きました。しかし先のような芸術史の捉え方をすると、軍隊のパレードはまさに芸術です。ルイ14世の場合はあちこちで戦争してパリの街を凱旋行進し民衆に見せつけ、そうした効果として近代的なnationが生まれてきます。18世紀、権力者に認知されることによって芸術、特に造形美術は社会的なステータスを確立しました。というのもそれ以前は学問研究から土木工事のような肉体労働に至るまで広い領域、実践的な知識の領域がすべてartでした。造形美術は肉体労働であり、ギルドの中でも造形美術家は上位にランクしません。ですからレオナルド、ミケランジェロに代表される天才達にとって、自分たちの自負と社会的地位の間にはかなり落差があったことでしょう。

ルイ14世のベルサイユ城や凱旋行進と似たものを現代に探せば、一番現代的なのはオリンピックの開会式でしょう。北京オリンピックの開会式はパブリックで、まさに国家の威信を背負っているとわかると思います。今オリンピックを芸術と呼ぶ人は少ないと思いますが、それは近代的な芸術概念が定着しているからであって、実際は芸術的なものと見直すことが可能です。近代的な内面性、精神性という価値基準を外して考えるとオリンピックのセレモニーは非常に綿密な時間配分がされ、映画監督が演出し、視覚的音響的効果を厳密に計算して人々を広い意味で感動させようとします。

権力者たちの支援を得ることによってartは近代的なハイカルチャーとなりました。しかしその地位を最終的に確定させたのは権力者向けのパブリックなartではなくて、近代的市民の個人趣味的な内面性に訴えかけるような芸術でした。我々はそうした芸術に慣れているので大昔から芸術はそういうものだと考えてしまいます。美学が主張されたのは18世紀半ば、その後18世紀半にかけて多くの人がサポートし、19世紀初めには確立していました。僕の考えでは美学は近代の学問です。芸術がハイカルチャーとなったのは近代で、それに即応しているのが美学なのです。

美学の歴史には二つの山場があります。ひとつは19世紀初め頃のドイツ観念論の美学で、典型的にはカント、ヘーゲル、シェリング、ゾルガー、ショーペンハウアーといったドイツの哲学者が展開しました。もうひとつのピークは20世紀後半のアメリカ。20世紀半ばを境にして、美術の中心がパリからニューヨークへ移ったということは今でははっきりとした歴史的事実と言っていいでしょう。といってもその中心はさらに移動する可能性はあります。

1970年代以降アメリカを中心とする新しい美学が勃興し、その二つ目のピークは既に過ぎ、現在は根本的に新しいあり方へと変貌しつつあるように思います。まず芸術現象としては20世紀初頭のヨーロッパに革新的な芸術運動が現れました。この運動が取った新しい形態のひとつは、その時点において確立されていると思われる芸術を破壊しようとするもので、例えばデュシャンの「泉」が挙げられます。するとミロのヴィーナスと便器が同時に芸術であることをどのように説明するかということが重要な哲学的課題となります。

20世紀後半はアメリカにおいて、ヨーロッパ版のとは異なるアヴァンギャルドの第二波が現れます。色々な新しい形態のartと称するものが出現し、形の上で芸術を規定することができなくなりました。例えば便器や、川辺に流れ着いた木片を展示する流木アート。するとなぜ展示されると路傍の石ころがアートになるのかという問いが現れ、それが刺激になって新しい、ドイツ観念論とは異なる美学が現れます。それが20世紀後半のアメリカ発の美学でした。芸術の定義に集約される議論がなされ、70年代後半には一世を風靡した近代・歴史の終わりという議論とともに、「芸術の終焉」という議論がなされます。そこでひとつのピークでした。いま美学は、芸術の哲学から、より広くわれわれの生活のなかでの美や感性を問う哲学へと、変貌しつつあると思います。ユネスコの雑誌『ディオゲネス』において、僕の編纂した「なぜ新美学か」という特集号が、今年から来年にかけて、フランス語版と英語版で公刊されます。美学と世界の方向性を問う試みです。


日本大学文理学部キャンパス

理解への一歩


―現代アートを理解するにはどうすればよいでしょうか。


普通の美術史を勉強しても分からないし、理論についても実は理論史を勉強しても答えは見つからないかもしれません。美術史とは書かれている美術史ではなくて、美術の動向をフォローしているということが重要だと思います。それを作例の中にフォローしている人はあまり苦労することなしに新しい作品に対応できるのではないでしょうか。見どころを見つけ、作品に対して自分のスタンスを示す、つまり「訳が分からない」ではなくて、これはこういう作品として受け止めることができるし、そのうえで好きだ嫌いだといった態度を取れるということです。態度を表明できるということは、やみくもの好き嫌いではなく、非常に基本的な意味において理解していることです。理に分けて理解しているというのではなくて、飲み込む、受け止めるというぐらいの意味です。

―作品を動向の中に位置付けることが重要なのですか。


それは芸術だけの話ではないと思います。例えば9・11事件が起きた直後仰天して何もわからない人もいたでしょう。事故でなくテロ行為だと知った時にも、それを受け止められる人と受け止められない人がいるでしょう。非常に明敏な人だと「起こるべくして起こった」と受け止めるか、そこまで明晰でなくても「こういうことが起こり得るのだ」と受け止めたでしょう。それはすでに理解していることです。しかし理解のためにはそれ以前の文明の衝突と呼ばれる状況を知っていることが前提で、芸術史も同じです。便器の展示は誰も傷つけるわけでもありませんが、一種のテロ行為です。だから一世紀経っても、好き嫌いを別として受け止められない人、「なんだあれは」「なぜあんな不真面目なものが芸術なのだ」という受け止め方しかしない人がたくさんいます。国勢調査のように無作為に日本人に電話をかけてデュシャンの「泉」をどう思いますかと聞いたら、まずほとんどの人は知りませんね。多少知っている人でも大多数は全く歴史的な意味を思い至らない。しかしそういう現状は変だとも思います。つまり先端の分子生物学や地球物理学といったほんの一部の専門家しか理解できないようなものと、芸術は違うと思います。

―芸術だけは感性に訴えるだろうと普通の人は思っている?


普通の人は考えるだろうし僕もそう思っています。つまり多くの人に直接訴えかけるべきものではないかと。現代的な芸術作品に多くの人が関心を持たないということが芸術にとっては非常に不健康な状況だと思います。しかしその不健康な状況というのは近代芸術の歴史がたどりついた到達点なのですね。厳密に言えばその芸術の動向を把握しているのは同業者だけでしょう。

ここで少し、僕自身の体験を話してみます。僕は最近自分自身の問題意識からして日本的な感性に関して関心があります。美学は西洋学であり、これまで西洋のことについて勉強してきたけども、自分が育っている日本的な文化を感ずる方が自分としてははるかに本物の感じがします。昔の日本人が持っていた景色という概念がどういうものかという講演をした時、若い画家が会場にいて共感してくれました。彼の展覧会を一度見に行った時僕はすごく気に入りましたが、彼がどういうコンテキストで作っているか僕は恐らく十分に理解していないかもしれません。

ただいくつかの基本的なコンセプト、額縁で囲まれた中だけを作品としているという考え方とは違い、周囲との関係を重視するといったことは分かります。その展覧会に入ると真っ暗で目が慣れるまでしばらく時間がかかり、独特のテクスチャー、絵ともいえないものが置いてあって、それを見た時と二階にいた彼と会って帰ってくる際見た時とは明らかに見え方が違いました。それは瞳孔の開き方や、二階で見た他の絵のイメージの影響もあると思います。額縁の中だけが芸術だというのは近代的な芸術観です。彼の画面だけ取り出すと20世紀の抽象美術とそれほど造形的に違わないように見えましたが、周囲の空間との関係や芸術作品の捉え方を僕はとても気に入りました。照明の仕方自体は副次的なことですが、オブジェとしての作品と周囲の空間、つまり空間全体が芸術であり展示の仕方が既に意味を持っているように見えます。僕の気に入り方は僕の芸術に関する考え方のコンテキストと彼のそれとの接点が見つかったということで、それは彼自身が業界の中で考えているコンテキストとは多少違うでしょう。

先に挙げたように派手な生き方が好きか、地味な生き方が好きかといったそうしたレベルのものが、非常に複層的に起こっていると思います。理論のレベルで、というのはすでに末梢的な現象ではないでしょうか。人によってみな見方が異なり共通項がなくなって、接点の作り方、見いだせる接点が多様化しているのではないでしょうか。見る側と作る側に距離がある場合、ほとんど分からないというか無関心でしょうが。

芸術のゆくえ


―古典作品は人気で、現代的な新作が不人気です。


事実問題として古典作品が人気か新作が人気かは、ジャンルによって異なります。ポピュラーアートと呼ばれるものは絶対的に現代作品の方が支持されています。古典にいくら人気があるといっても、美空ひばりよりAKB48の方を好んでいる人が圧倒的に多いでしょう。しかしクラシック音楽だとモーツァルトとジョン・ケージを比べればモーツァルトの圧勝で、ジョン・ケージを支持する人はマニアックながら少数。モーツァルトの方は、中にはマニアックな愛好家はいても、はるかに広い範囲の人が支持しています。小説の場合は微妙で難しい場合があって、いわゆる純文学と大衆小説の差が非常にあいまいになってきているのではないかと。例えば芥川賞と直木賞に推薦される作家がおそらく昔は截然と分かれていたでしょうが、最近は両方にノミネートされたり、一方から他方へ移ったりというケースがあり、境界の一部がファジーになってきています。娯楽のためなら今の作品を読むのが普通で、いまさら50年前の大衆小説を読む人は少ないと思います。いわゆる純文学と呼ばれるジャンルでは古典だけでなく現代の作品も読まれているように思います。

「不自然」なのは、理屈抜きに不自然だと思います。芸術の終焉が論じられていましたが、それは現代的な芸術の話であって古典的な芸術はすごく愛好されています。ヨーロッパの美術館の訪問者数は恐らく急上昇しているでしょう。僕が70年代初めにフランスへ留学したときルーブル美術館に入るのは何も難しいことは無かったのが、今では切符を買うためにものすごい列ができます。イタリアのウフィツィ美術館はずっと小さいので、予約なしで行くと100m以上の行列が並ぶことがありますが、昔は決してそういうことはありませんでした。古典的な芸術作品に対する関心はとても上がっているのに、それに応じて現代の作家の人気が上がっているかといえば、そういうわけではないでしょう。しかしいつでも芸術の重要性を測る主な要素は、昔の作品ではなく、現代において優れた作品が作られそして人々がどれだけそれに関心を持つかではないでしょうか。創造性を問題とするとき、流行は正しいわけです。美空ひばりでなくAKB48に人気が集まるのはノーマルです。アイドルがいなくってみなが美空ひばり、エルヴィス・プレスリーやエディット・ピアフばかり聴くようになったと想像してみてください。おかしいでしょう。それが今のクラシック音楽の状況です。

―例えば東京都がリキテンスタインの「ヘアリボンの少女」を購入したとき「マンガみたいだ」と批判され大きな騒動となりました。現代アートは支持されていないと思います。


一般の人々が考えている「芸術とはこんなものだ」という観念があって、その範囲内で運営されているときはその芸術について理解していなくても何も言いません。しかしマンガを拡大した絵になると、これは彼らの芸術の範疇とは違います。税金の使い道には自分にも発言権が当然あり、芸術であるから発言権があるというのではなくて納税者として発言権があると思うのでしょう。

現代ではあらゆるところでこうした問題は起りうるし、起っているでしょう。例えば文化政策全般が仕分けの対象になります。日本では演劇でも音楽でも美術でも税金の補助があって、例えば交響楽団は補助金なしには存続できません。つまるところ仕分け対象となった時最終的に価値観の問題になると思いますね。自分たちの生きている世界にとって文化とはどれだけの意味があるのか、という問題に。

ルイ14世は多額の費用をひとつは戦争に、もうひとつにはベルサイユ城建造などの文化政策に支出しました。当時文化的には先進国はイタリアで、ルイ14世は後進国フランスのプレスティージを上げようとします。彼の思い描くフランスの在り方において、少なくとも半分の重要性を文化政策は持っていたと言えます。それと同じ事が現代の文化政策についても言えるはずです。予算額のうえで半分の重要性があると言うつもりはありませんが、同じような考え方で判断することが重要なんじゃないかと思います。

例えば国際的な場面で他の人と接した場合、尊敬されるか尊敬されないかということは、もちろんその人の個人的な資質に依りますが、文化の力というのが非常に大きな意味を持っていると思います。経済力だけだと馬鹿にされることもあります。その時尊敬される要因は文化を措いて他にないと僕は思っています。国家予算の半分を使えとは言いませんが、自分が理解できない、自分の生活感覚とずれているから仕分けの対象にしてしまおう、というのは愚かな選択だと思います。

―そうなると、専門家に任せるという形になるのでしょうか。


ならざるを得ませんが、そこは僕自身のジレンマですね。芸術は本当にそれだけでいいのか、つまり専門家だけしか分からないということだけでいいのかと思います。文化の力には文化的な教育が必要でしょう。単に文化予算を増やすだけでなく、同時に人々に文化的なものに関する理解力を人々の間に広め、啓発していくことは当然重要なことだと思います。その支えがなければ最終的には何を文化とすればよいのか分かりません。

―現代的な芸術に対し、社会は段々無関心になってきているのでは。


複雑な問題が色々あります。近代において芸術は自律的な現象となったので、一般鑑賞者ではなくて同業者との関係が芸術家にとって重要となる傾向が強くなりました。同業者がまだ開発していない手法を先駆けて実践するのがオリジナリティーだと考えられ、オリジナリティーは芸術家の価値を決定するものだと考えられると、鑑賞者が付いて来ようと来まいと、同業者を感心させることが一番だとする動向が、近代において生まれます。

近代以前も、同業者しか分かる人がいないので、同業者から評価を得たいという思いはあったでしょうが、少し在り様が異なると思います。同じ価値尺度を共有する芸術家のコミュニティーがあってその中で同業者から評価されたいということではなく、同業者が考え付かないことを考えるというのがオリジナリティーだとみなされます。近代において評価を下す同業者とは、評論家のことです。それはオリジナリティーというよりは新しさであり、近代以前のギルドの中では新しさは必要としませんでした。目新しさとは基本的に商品開発の原理と同じでしょう。

―新しさとオリジナリティーは違いますか。


違います。18世紀半ば頃にオリジナリティーという概念が確立した時、自分の根から吸い上げたものをそのまま開花させるある種の植物的なイメージでオリジナリティーを考えていました。自分の中に無いものを作るのはオリジナリティーではなく、芸術家の想像力とはその人の中からわいてくるものとされます。新しさとはそうではなく社会現象として他者と比較してどれだけ違うか、借り物で何でもよいわけです。便器は新しいけれども、18世紀的な意味でのオリジナリティーでは決してありません。

―となると、あらゆる手法がやり尽くされていきますか。


手法がやり尽くされているのか実際のところは分かりません。造形芸術の場合視覚に訴えかけるようなものとして、まだ他に可能性があるでしょうか。既成製品の展示はデュシャンが、既成商品を作り直すということをウォーホルが開発しましたし、流木アートのように落ちている自然物の展示、色々なものをある空間の中から集めてきてひとつの箱の中に入れて展示なども既にあります。見せるためのオブジェを作る方策として恐らくあらゆる可能性が試されてきましたし、もし誰も試していない手法があったとすると誰かやるでしょう。出てこなくなったということはやり尽くしたのだと思います。

―やり尽くしたとき、芸術は終わりですか。


アーサー・ダントーが理論化した、芸術の終焉という議論があります。その根拠は必ずしも明晰ではありませんが、そうした現象を捉えていたと思います。彼は哲学者であると同時にコンテンポラリーアートの評論家でした。彼は現代アートをフォローしていって、ある時もう新しいものが出なくなったということに気付いたわけです。それに基づいて芸術の行き詰まり、終焉というのを理論化しようとしました。

芸術の終焉が正解だったというわけではないでしょう。つまりまだ歴史が続いていると考える人もたくさんいます。しかし長いスパンで見て、大多数の人々が現代アートに無関心なのは芸術の現代的状況の中では一番重要な問題ではないでしょうか。ポピュラーアートと純粋芸術との間に区別が生じたのは近代芸術の確立と同じで19世紀初頭で、それ以前に区別はありませんでした。伝統的に芸術だと言われていたものとの差別を否定することは新しい美学的な動きの一つだと思います。それも僕の考える「新美学」のひとつのテーマです。(了)

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095