〈生協ベストセラー〉吉川真司『飛鳥の都』(岩波新書)(2011.06.16)

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「歴史を語る」という行為は困難なものである。 過去起こった事象を全て一つにまとめて書き連ねれば、冗長さが際立ち、かと言って要点を絞って書こうとすれば、語り手の主観が色濃く反映された歴史が描かれるか、中身がなくてツマラナイ歴史が描かれることになる。我々はそのような葛藤の中で、歴史の「真実」なるものを見つけていかなければならない運命にあるといえよう。さて、今回私が書評しようとしている著書は、全6巻「シリーズ日本古代史」の第3巻、「飛鳥の都」である。「日本」という枠組の中で、しかも文献資料に乏しくさまざまな言説の飛び交う「古代史」を描き出すというスケールの大きな試みを、著者たちはどうこなしていくのであろうか。ここでは「飛鳥時代」に焦点を合わせ、歴史の「真実」なるものを見ていきたいと思う。

全体を通して平易な文章なこの著書を読んでいて気づくのは、比較的我々に親しい「歴史的瞬間」(例えば中大兄皇子達が蘇我入鹿を殺す瞬間)の記述が淡白に描かれていることだろう。その代わりと言っては何だが、著者が特に力を入れているのは、ある事象に関するその歴史的経緯である。特に「大化の改新」については、丸々一章を割くほどの力の入れ具合であり、蝦夷の平定や近隣諸国・地域との関係など、多角的な視点からの分析がなされている。戦後的「記紀」批判により「大化の改新」否定(捏造)論もある中で、このような力の入れ方をしているのはやはり、「大化の改新」が以降の律令制度の根幹、つまりは「倭→日本」の根幹をなしていると著者が考えているからであろう。

著者の天智朝への評価は高い。我々は天武朝に対して「日本」という律令国家の基礎を見ることが多々あるが、それは天智の近江令、そして孝徳・斉明にまで遡るのではないか、というのが著者の主張である。「天皇」という名称ができたのも天智以前に遡るとの立場をとっている。そして天武はその天智の業績を肉付けしただけであるとも読めるような、天武に対する評価をしている。

8世紀初め、大宝律令が制定され、「日本」という国号が用いられ始めた。この「歴史的瞬間」をも、著者は至って冷静に叙述し、そこで本編の筆を置く。その時、冒頭と末尾の飛鳥・藤原京の文学的描写が際立って印象的に見えた。

「歴史」にとっての「真実」とは―この本をどう読むかはあなた次第である。(穣)

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