〈生協ベストセラー〉鎌田浩毅『使える!作家の名文方程式』PHP研究所(2011.04.16)

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良い文章が書きたい。

たぶん、何らかの文章を書いたことがある人なら、誰でも思ったことがあるはず。「名文」とまではいかないまでも、読んだ人を注目させるような、「う~ん」と唸らせるような、あるいは、「クスリ」と笑わせるような。そんな文章が書けたらいいな、と頭の片隅でも考えたことがある人は、きっと多いだろう。

そういった有象無象の迷える子羊たちのために、京都大学で火山学を教える著者は立ち上がった。彼は宣言する。「名文を成り立たせているカラクリを、分かりやすく示す」と。世の中で「名文」とされている文章を抽出し、それを科学的に分析、統合して行く。そして、名文を名文たらしめている、「名文方程式」とでも言うべき、名文のテーゼを暴いてみせる、というのだ。

この勇気ある、あるいは無謀、いや無粋で冒涜的ともとれる試みの中で、著者は明治から現在にいたるまでの多くの作家、エッセイストの文章をやり玉にあげる。夏目漱石や太宰治などの文豪から、庄司薫や江國香織などの最近の作家、はては写真家である土門拳、科学者である湯川秀樹や藤田紘一郎といった、およそ文章の専門家ではないにしても「その道の達人」まで。その人選は多岐にわたり、文章のタイプも様々だ。

そして名文家たちの文章をハサミでチョキチョキと解体し、「まあ、こんなもんですよ」と押しピンで壁に貼り付けて見せる著者。名文の催眠術のタネあかしをすることで、この本を読む人の中には「この先生の作品をこんな風に扱うなんて、なんて失礼なヤロウだ」と思わず憤ってしまう人もいるかもしれない。だが、そこで本書を返品しようなどと考えてはいけない。きっとこの本を読み終わった暁には、私にも良文を書くための能力が、ほんのちょっぴりでも備わっているに違いないのだから。

ところで、この本であげられている文章は、本当に名文なのだろうか。「ああ、いい文章だ」と思ったところで、それが客観的に見て名文かどうか、私にどうやってわかるというのか。「名文」をとりあげてエッセンスを抽出する、という著者の方法には、サングラスをかけたときのように、フィルターがかかっている。かの三島由紀夫が「小説第一の美人は誰ですか」という問いに対して、小説の登場人物に「彼女は古今東西の小説のなかに現れた女性のなかで第一の美人であった」と書けばよい、と答えている。これはこの本の著者も取り上げている例だが、「この文章は名文だ」と言いきってしまえば、その文章はどうしようもなく「名文」なのである。

こうした「そもそも何が名文やねん」という根っこの問題をはらみながら、それでも著者が取り上げた文章の多くが、私の心の琴線に触れることは確かだ。たぶん、この本はそんな、「良い文章を書いてやろう」と意気込んで読むような代物ではないのだ。「何か面白い本が読みたい」と軽い気持ちで手にとって、「おっ」と思う作家の作品を読んでみる。きっと、漱石や太宰といった仰々しくおどろおどろしい肩書を持った文豪たちも、文章として私に対峙するときには、ただの活字にすぎない。作家の名前ではなく、文章そのものを紹介するこの本は、そういった意味で「文章を読む楽しみ」を広げているのではないだろうか。

ちなみに、巻末には「お薦め著作リスト」がついている。面白いと思った作家の著作は、ここでチェックできる。(書)

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