浅野健一 同志社大学教授「ネットカンニングで警察垂れ込みの愚挙」(2011.04.01)

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人の噂も七十五日という諺があるが、大震災や原発事故があったとは言え、20日も経たないうちに人々の間から忘れ去られてしまったのが、京都大学の入学試験を舞台に発生した「ネットカンニング事件」である。今となっては随分昔のはなしにも感じられるが、一体あの騒動は何だったのか、いちど立ち止まって考えてみることが必要ではないだろうか。目の前の事象にただ流されつづけるだけでは、いずれ更なる災厄に巻き込まれるだろうから。同志社大学社会学部で人権と犯罪報道について研究をされている浅野健一教授に、今回のカンニング事件騒動についてお話を伺った。(インタビューは3月5日実施)(編集部)

《本紙に写真掲載》

インタビュー

aicezukiと名乗った予備校生が逮捕された直後に、京大に近い東大路通りにある京都府警川端署に行った。近畿のテレビ局の中継車が道路にはみ出して違法駐車し、歩道に機材が置かれている。群がるメディアの連中に「こんなこと止めろ!もっと大事なニュースがあるだろう」と大声で言ってやった。若い記者のほとんどは、私のことを知らないから、ポカンとしてこっちを見ていた。

ひとつはメディア・フレンジング(凶乱)報道の問題だ。海上保安官による動画投稿事件と比較をすればよくわかる。あの事件は完全に国家公務員法違反だったけれども、メディアが創った「世論」が同情したことで、むしろsengoku38を逮捕させよとした菅政権が悪いとなってしまった。「逃亡と証拠隠滅の恐れがなければ逮捕は不要」という他の先進国並みの人権感覚で動いた。

私はメディア・ファシズムと呼んでいるが、もう1つは今やメディアが規範、世論を操作しているのが日本だという問題。何を「犯罪」にし、誰を「犯罪者」にするのかさえ、メディアの意向で決まる。

結局、今回、予備校生がやったことというのは、股の間で携帯を操作して日ごろ使っていたサイトを利用したカンニングだった。たまたま電子機器を使ったのが目新しいだけだ。私も同志社で17年前から入試の監督をしていて、今年もしたが、最近試験中にやたらトイレに行く受験生が多かった(笑)。でも個室で何をしているかは確認できない。携帯の所持を検査していないから、受験生が用を足す振りをして、携帯メールで答えを聞いていたのかもしれない。みんな受かりたいから、いろんな手口を考える(笑)。

今度の件で問題は、携帯を持っている人に出させてカバンに入れたかきちんと確認せず、カンニングに気付けなかった試験監督側にある。いくら受験生の座席が、二列目の左端だったといっても、カンニングしようとする人は挙動でわかるはずだ。総長がメディアからの追及に「試験の監督体制に問題はなかった」と顔を真っ赤にして反論していたけど、説得力はない。

私の大学の院の入試で07年ごろ、社会学研究科の教授が筆記試験の会場や口頭試問の試験場で、パソコンを操作して、メールを送受信して音を出したことがあった。受験生らが文書で抗議したが、大学当局は不問とした。監督者の不祥事は少なくないが、警察に届けたという話は聞かない。

当局は完全に虚を突かれて慌てふためいて、何も考えずに警察に駆け込んでしまったのだろう。大学人の思考停止がここにも顕在化している。偽計業務妨害なんて成立するはずがない。警察にすれば、大学へやすやすと入れるのだから、大歓迎だ。ネット監視社会の分野に活動を広げたい警察官僚にとって願ってもない機会でもある。元読売新聞記者の山口正紀氏が「週刊金曜日」3月18日号で指摘しているように、「コンピュータ監視法」の先取りだ。「通信の秘密」を守るべき立場の企業が、警察の要請で直ちに個人の通信情報を明かすことの危険性を忘れてはいけない。

京大当局がすぐ警察に垂れこみ、警視庁まで動いたことで、戦前の瀧川事件以来の学問の自由、権力に懐疑的な姿勢を貫くという京大の気風は失われたと思う。3、40年前の京大ならあり得ないことだ。

単なるカンニングなのだから、まず受験生に名乗り出るよう呼びかけるべきだった。反省してほしい、その代わりに名前は絶対に公表しないし、警察に突き出したりはしないからと伝えるべきだった。それで4、5日経っても、応答がないときに、「苦渋の決断」として警察の力を借りるかどうかを検討すべきだった。警察以外でも、弁護士などが携帯の情報を聞き出すこともできるのではないか。大学内部の調査、例えば回答のチェックや試験監督へのヒヤリングをして、彼が受けた4つの大学で合同調査をするなどしたら、特定もできたはずだ。

大学は国家も含めた既成の体制や概念に囚われずに自分たちが考える真理を追究する場として、安易に警察にすり寄るなんてダメだ。この件について学内の誰もが沈黙しているという事態が、大学に言論の自由がないことを証明している。新自由主義下での大学の退廃を見事に示した「事件」だ。

メディアの報道は本当にひどい。あんな大々的に「事件」として報道したから、警察も動かざるを得なかったという面もあるのではないか。しかも完全に「ズルした奴は許せない、誰だ」という感情的な論調だった。犯人捜しをした挙句に、スマートフォンで盗撮して中継か、複数が関与とか、都内の高校生が共犯者と分かったなど、完全な飛ばし記事も書く。情念だけで動いている。放送法の第一条には民主主義社会の発展に努めると書いてある。いわゆる民主的社会は情念ではなく理性で動かしていくものであって、完全に放送倫理に逸脱した行為だった。

まさに日本国憲法が禁止している法手続きに基づく刑罰以外のextra punishmentであって、リンチ以外の何物でもない。

完全に忘れられているのが予備校生が未成年ということだ。だから「犯罪」ではなく「非行」として扱われるべきで「逮捕」するのはおかしい。自殺する危険もあったのなら、「保護」してあげることが必要だった。少年法は被疑者の少年を推知する報道を禁止しているのに、彼の出身高校、予備校、挙句の果てには家族について住所などを詳細に報道する。もう彼が誰か特定しているようなものだ。NHKはさすがにしなかったが、民放は予備校名や実家まで映していた。ネットでは姓名が出た。少年法違反の犯罪行為を実行しているのはメディアの側ではないか。もし、彼が20歳を過ぎていたら、と思うとぞっとする。予備校の校長や彼の出身県の教育長らが謝罪会見をしたのも野蛮で見苦しい。予備校や高校時代の級友、知人が顔を隠して証言するのも、カンニングよりも非人間的行為だ。

非常に単純で分かりやすい出来事だった。東大と並ぶ京大というブランドでワーッと食いついたのだろう。何となく大ニュースと思っているだけだ。“事件”発覚から逮捕までが約1週間というのも読者・視聴者を飽きさせないうえでは「最高」のネタだった。本来メディアは表面で起こっている事象の何が問題で、その原因は何で、どうすれば解決するのかをしっかり考えて提示するべきなのだけれど、どうしても情緒的な方向に流れてしまう。大学当局と同じで、思考能力が失われている。本当は、最初から入試に公平性なんてありゃしないということを一番よく知っているのはメディアの中の人間なのに。

京大副学長が「我が国の入試制度の根幹を揺るがす重大事件」と言い、メディアが「善良な受験生を裏切った」とか論じるのを読んで、何を言っているのかと呆れた。京大に入らなかったら人生終わりだとか、大学の名で人生が決まるような社会がどうかしているという話にはなぜならないのか。単独での単純な仕業と判明して、
「大山鳴動して鼠一匹」的結末(山口氏)になってから、朝日新聞などが「彼には更生してほしい」とか大学の自治が問われるなどと言い出したが、再起不能なまでに追い込んだのは自分らマスゴミ界ではないか。

実際今回の件はメディアがaicezukiさんを犯罪者にしたようなものだ。何度も言うが尖閣ビデオ流出事件と比べればよくわかる。

京大当局が今すぐやるべきは、警察に出した被害届を取り下げて、そして後は大学独自の調査委員会なりで事に対処すると社会に表明することだ。そして彼に「警察にはもう話す必要はない」と言うべきだ。

同志社大学は「未成年者一人での不正で、受けた被害も軽微だった」として、被害届けを出さなかった。京大で学生運動をやった経歴のある田端信廣・副学長(哲学)は「大学は犯人を捜すところではない」と記者に話したという。国禁を破って密出国した創立者に恥じない見識だ。

日本で大学に進学するための入試は本当にフェアなものなのかを考えてほしい。東大・京大に入る学生の両親の年収は全国トップで、たまたま恵まれた家庭にいた人たちで、私立の進学校に入り、塾にも行ける人たちだ。そもそもフェアな競争ではない。

京大へ入った人は、自分たちが優秀な人間だなど勘違いせず、大学に入れなかった人たちも多くいることを知ってほしい。特に国公立大学の学生には多額の税金が投入されている。その税金は、皆さんと同じ年で働いている人たちも払っている。そうしたお金によって勉学の機会を得ているのだから、自分が将来エリートになるための学問をしてはいけない。少数者、弱者、困っている人のために尽くす、人々のためになることをしてほしいと思う。

彼と彼の家族のことが非常に心配だ。取り返しのつかない報道のリンチに遭ってしまって…。大地震もあったので、精神的なサポートが緊急に必要だと思う。

aicezukiさんがこれ以上罰を受ける必要は全くない。日本の大学なんてしょうもないということが分かったと思うので、欧州など学費がゼロか、安い海外の大学に行ってはどうか。大学の名前にこだわらず、やりたいことをしてほしい。この経験を活かして社会科学を勉強してほしいと私は願う。私は応援します。

追記

3月25日の各紙がベタ記事で伝えたところによると、京都地検は24日、予備校生を「更生の可能性がある」として、京都家裁に送致し、京都地裁は予備校生の出身県を管轄する家裁に移送を決めた。「ネット投稿がばれると思わず、騒動になって驚いた」(読売)と供述しているようで、予備校生が刑事裁判を受けることはなくなった。検察当局、家裁の判断は適切だと思う。地震関連報道で、大きなニュースにできないのかもしれないが、あれだけ騒いでおきながら、続報をきちんと伝えないのはおかしい。また、刑事罰を問うこともない事案で、トップニュースにして大騒ぎした企業メディアは深く反省すべきだ。


浅野健一(あさの・けんいち)
ジャーナリストで同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授。主な著書に『戦争報道の犯罪ー大本営発表化するメディア』(2006年、日本評論社)などがある。

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