水野友晴 文学研究科非常勤講師(2011.02.16)

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京都大学と契りを結んで今年で20年目の春を迎える。20年といえば、日本では子どもが成人に達する年月にあたる。この年月の間、私は、最初は学生、後には教官として、とぎれることなく今も京都大学へ通い続けている。そこで紙面をお借りして、私と京都大学について自分史風に語らせていただいたとしても、それはそれなりにここ20年の大学の歩みを醸し出しているのではないかとも思う。古老の昔語りと移りゆく流れに思う事を書かせて頂きたい。

実は、私は入学前に一時間だけ京都大学の講義に「出席」したことがある。高等学校の遠足で京都を訪れた際に、在学中であった先輩の手引きで教養部の故森毅先生の授業に潜らせていただいたのであった。数学の教授である森先生が宗教について学生とディスカッションしておられたことにも驚かされたが、それにもまして驚かされたのは、森先生が講義室ではなくE号館前の中庭で、大樹を背にして座りながら授業をされていたことであった。学生たちは森先生を中心に輪になって座り、先生との会話を楽しんでいた。E号館前の中庭を通るたびにいまでもそのときの光景が思い出される。

私は、教養部が廃止されて総合人間学部が新設される直前の学生、つまり「最後の教養部生」でもあった。当時はほとんどの学部が、入学後二年間は教養部に学生を在籍させて基礎的教養を身につけさせ、その後それぞれの学部で専門的知識を付与するという修学システムを採用していた。このシステムは現在の「全学共通科目」に継承されているのであるが、「教養部生」という形でいったん一括りされることは、学部の垣根が取り払われたようにも思われて学生に一種の解放意識とでもいうものが醸成されていたように感じる。実際、文化系・理科系を問わず学生間の交流は現在よりも活溌であった印象をおぼえるのである。

また、今も現役で教鞭を執っておられるので匿名とさせていただくが、教養部のある英語担当の教官は、教材に英文学作品などを選ばず、いわゆるアカデミックライティングについて添削指導を行っていた。参考文献や学術論文の検索法、データベースや論文アウトラインの構成法、注や参考文献の作成法、果ては見知らぬ研究者へいかに連絡をとってアポイントメントを頂戴するかに至るまで微細にわたる指導を行った後で、その教官は授業をつぎのようなことばで締め括った。「君たちはもう独力で一人前の研究を行ってゆくことができる。自分の興味の赴くまま存分に研究を行いなさい。時間を無駄にすることのないように」。

ところで、私が学部生の頃、京都大学では「大学改革」ということが盛んに取り沙汰されていた。やがてこの動きは「大学院重点化」という形へと収斂されていった。教員の所属は学部から大学院へと変更になり、人間・環境学研究科などの新設大学院が誕生し、また、既存の大学院でも新たな専攻科が誕生した。当時四回生であった私は、そのような新設専攻科の一つである「日本哲学史」を選んで進学した。

「日本哲学史」という学科は「近代以降の日本の哲学思想を研究する」というふれこみであったが、念頭に置かれているのが西田幾多郎を嚆矢とするユニークな哲学者集団、いわゆる狭義の「京都学派」の研究であることは衆目の一致するところであった。一期生である私は、西田哲学を研究することが自身の当然のテーマであると考えていた。しかし新設専攻科で一個の学問分野を開拓研究することは容易ではなかった。西田哲学の研究者は日本哲学史が設置される以前からも京都大学の内外に多数存在していた。これらは、西田哲学と自身が専門とする哲学思想とを比較した研究や、西田の内的思想遍歴について整理解説を試みる研究がほとんどであった。しかし西田が若い時期にどのような学問的・精神的修養を積み、どのような教養を有し、また、どのような人々との交わりに顔を出していたのかといった、思想的揺籃期の研究について目を向けると、触れられている事が少ないようにも思われた。いきおい、これによって歴史学、宗教学、文学、社会学、心理学、文化人類学といったさまざまな他分野の研究者の協力を仰ぐことになった。

そのような時に助けになってくれたのも、教養部時代からの学生ネットワークであった。彼らは、若き頃の西田幾多郎の思想形成という研究テーマに対して、あたかもそれが自身の研究テーマであるかのように興味を示し、自身の専門からのアドバイスを惜しみなく提供してくれた。また、このような研究交流は単発的なものに止まらず、月一回のペースで開催される共同研究発表会へと発展していった。現在の私の授業や研究は、この共同研究発表会から得た知見をベースにしているといっても過言ではない。

「京都大学には自由の学風がある」というのが世間の評である。以上のような学生時代を過ごしてきた私には、「自由の学風」なるものの正体は、学生の自恃の精神と、それを信頼して温かく育もうとする教官の寛容性、そして阿吽の呼吸からなる両者の相互信頼関係であるように思われる。京都大学が、いわゆるパラダイム・シフト的研究をこれまで多数世に送り出してこられた背景には、このような下地が上手く機能して一種の文化を築き上げてきたことがあるのではなかろうかと窃かに思う。

近年では御多分に洩れず京都大学も、新たな、そして一段と厳しい「法人改革」への対処を迫られている。しかし、改革の結果として、学生や研究者の交流や自由な発想に障害を来すようなことが起こっては本末転倒であろう。京都大学における改革の要は、京都大学が伝統的に有してきた文化としての「自由な学風」を昨今の状況下でいかに守り通すかという所にあると思われる。ブレイクスルー的研究が近い将来誕生することに期待を寄せる一方で、それを育む素地たる豊かな人的資源という文化的な地下水脈の保全が喫緊の課題であると感じている。


みずの・ともはる(文学研究科非常勤講師、日本哲学史)

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