【再掲】複眼時評「伏見学園都市構想」 森毅(2010.10.01)

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同志社が田辺へ移転したが、同志社のような都市型大学の、しかも新入生の手で、新しい町ができるか、少し心もとない。せっかくなら、なによりまず、「ほんやら洞」を誘致し、チャペルを移して、神学部を先頭に引っこしするのでなくては、同志社の町にならないではないか。

しかしながら、同志社の学生は、田辺と京都の双方に足の便のよい、丹波橋あたりに住みだしたらしい。これは、おもしろい現象だ。伏見という町は、京都と少し違った、古い文化を持った町だからである。遊廓があって、酒屋があって、大名屋敷があって、舟宿があった。歴史の匂いが残っている。かつて京大の宇治分校があったころは、京大の学生が中書島あたりに下宿したものだが、なんと言ってもそのころは、町の文化を作るには、学生がまだ貧しすぎた。今なら、若者向きの新しい店が、古い伏見の土となじんで、おもしろい町ができるのではないだろうか。先住の京都教育大や龍谷大などもあることだし。

宇治川をへだてては、向島のニュータウンがあるが、これは今のところ、機能だけの郊外都市にすぎない。機能だけの町というのはブラジリアみたいなもので、なかなか土地の色が匂いたたない。その点で、伏見の町は古いことで申しぶんないのだが、川でへだてられて、機能的に区分されたのでは交りあえない。ところが学生というのは、どこにでも出没できるヘルメスだから、伏見と向島を媒介することを期待したい。

郊外都市というのは、どこでも清潔になりすぎるのが難だったが、そこに学生がいてくれると、しばらくすると確実に猥雑になる。猥雑だけだと西部の鉱山町みたいにならぬでもないが、なんと言っても伏見は、歴史の血をたっぷり吸っている。伏見に向島に学生という取りあわせは、ちょうどよい。

京阪奈丘陵の学研都市と言っても、機能だけの筑波の二の舞にならぬためには、文化都市戦略が重要である。土建屋とバス会社にまかしておいては、何を作られるかわからない。京都府は土建屋に肩入れしそうだし、関経連はバス会社にぎゅうじられそうだし、山城盆地や奈良盆地の21世紀は心配であった。情報文化都市といったコンセプトは、かっこいいようでも、文化というのは機能に傾斜しすぎるとだめになる、というのが筑波の教訓である。

そこで、拠点としての伏見の位置が重要になる。京阪と近鉄とで、丹波なしの交叉にひっかけて、ほどよい劇場や映画館を持った、パルコ風の建物を作るなんてのは、いい戦略だと思う。京阪や近鉄がぐずぐずしていたら、西部セゾンが進出してくるかもしれない。いまさら京都になにもできないから、いま狙い目は伏見なのだ。桃山城と桃山御陵が、ちょっと目ざわりだが、あるものは仕方ない。明治神宮や新宿御苑があっても、原宿にギャルが集まる妨げにならないのだから、これは辛抱するとしよう。

京都については、まあ静かに、少し地盤沈下するのがよい。今では伏見区だって京都市内だから、京都市全体としては損な商売ではあるまい。今頃、古都税などに目をつけるのが時代錯誤なのだ。もっと、伏見を売りだしなさい。

(1986年6月1日号掲載)

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