〈生協ベストセラー〉 マイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)(2010.10.01)

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 「正しい行い」とは何か。富裕者に課税し貧しい人々に再分配するのが公正なのか、それとも自由市場に則って得た個人の利益を守ることが公正なのか。少数の犠牲によって多数の命が助かる場合、我々はどちらを助けるべきか。「正義」とは何か、という問題を考えるには、幸福、自由、美徳の3つの観点があるとサンデルは言う。そしてそれぞれについて、幸福の最大化を図る功利主義、自由と個人の権利の尊重こそが正義であるとするリベラル派、正義について考えるには、その社会で何が美徳とされているか考慮しなければならないとするコミュニタリアニズムの主張を、ベンサムやカント、アリストテレスと言った古今の哲学者たちの思索、そして具体的で時には生々しくすらある実例と共に並べていく。

道徳の問題について考え、功利主義やリベラリズムやその他正義の在りかたを論ずるとき、わたしたちはその考え方が現実に即しているか、現実に起こっている妊娠中絶や人種差別などの道徳的諸問題を解決するのかどうか、という観点で評価することがままある。アリストテレス曰く、倫理学は「第一原理から出発するのではなく、第一原理へと向かうもの」である。何か普遍的な原則や前提から「正義」を定義するのではなく、私たちが物事に直感的に感じる「正しい」「不公平だ」という感覚から出発するのである。

カントなどは普遍的な原理から道徳を理解しているが、それでも私たちは彼の道徳観を実際の事例に当てはめ、それが自分の感覚と一致するかどうか検証する。カントは、人格を理性的な存在であるという点において、絶対的な価値を持つものとして、いわば尊厳を持つとする。私たちは他人を道具として他の目的のために利用してはならないし、自分自身についてもそうである。いわゆる基本的人権という概念だ。この考え方に立つ以上個人は平等で、その価値に差はないはずである。しかし実際には親が子を殺すこと、子が親を殺すことは赤の他人を殺すことよりも「悪い」こととして受け取られ(最近はそうでもないのかもしれないが…)、自分の家族や友人を優先して助けることはある程度認められている。このとき私たちは明確な理論に基づいたカントの発言よりも、自分自身の道徳的な感覚の方が「正しい」と感じている。

今のところはあまり兆候はないようだが、民主主義国家に生きている以上、いつか私たちは大きな政治的な決定の場で「正義とは何か」という問いに答えなくてはならない。そのとき、ポカンと口を開けてオロオロしないように、ときどきは「正しいってなんだろうなあ」と考えていた方がいいのではなかろうか。

なお、本書は著者のハーバード大学の講義をもとに書かれており、同講義は一般公開され、日本ではNHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』(全12回)として放送された。(書)

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