複眼時評

水野直樹 人文科学研究所教授「朝鮮学校への「高校無償化」適用問題を考える」

2010.09.17

今年春以降、朝鮮学校に「高校無償化」制度を適用するかどうかが大きな政治問題になっている。「朝鮮学校は北朝鮮の対日工作機関だ」「国民の税金を朝鮮学校につぎ込むべきではない」などの適用反対論のために、四月実施のこの制度から朝鮮学校はいったん除外されることになり、文部科学省や与党民主党内で検討・議論がなされるとともに、各種のマスコミからネット空間までさまざまな意見が飛び交っている。この原稿が活字になる頃には決着を見ている可能性があるが、ここではこの問題をめぐってあまり議論されていない基本的なレベルの問題を考えてみよう。

まず、学校教育の「無償化」について。「無償化」の政策は、日本が批准している国際人権規約や子どもの権利条約が中等教育(日本の高等学校は後期中等教育に該当する)を無償とするための適当な措置をとることを締約国に求めていることが、一つの根拠となっている。「無償化」が国際条約に合わせる形での国内措置であるとするなら、これらの条約では少数民族の権利を保障すべきことが定められていることを見落とすべきではないだろう。

しかし、今年実施された「高校無償化」は、実際には税制改正に伴う措置であると説明されている。16歳未満の子どもに対する扶養控除と、16―19歳の子どもに対する扶養控除の上乗せ分が廃止されたため、小学校から高校までの学校に子どもを通わせている親の税負担が増えることになるが、その見返りとして中学生までには「子ども手当」の支給、高校生には「無償化」が実施されることになったのである。税負担という側面から考えると、子どもを日本の学校に通わせているか、外国人学校に通わせているかにかかわらず、「無償化」の対象としなければ不公平になる。「朝鮮学校に国費をつぎ込むべきでない」という反対論は、日本に住む外国人も税金を払っていることを意識的に無視しているように思われる。外国人も納税者であるという観点から無償化問題を考える必要があろう。

ところで、「高校無償化」といわれる問題は、公立学校の場合は文字通り無償化であるが、それ以外の学校については、「就学支援金」として生徒一人あたり月9900円が学校に支給されるという制度である(所得に応じて加算がある)。つまり、完全な無償化ではないため、私立学校や外国人学校に子どもを通わせる保護者の負担は依然として残ることになる。学校経費の一部を「えさ」にして、教育内容に国家が介入したり、しばりをかけたりすること自体が不当なことといわねばならない。

次に、朝鮮学校に対する日本政府の扱いを歴史的にとらえることが必要である。1945年以前、日本による朝鮮支配の時期においても、日本に住む朝鮮人による民族教育が夜学などの形態でなされていたが、政府は戦時期にこれらを弾圧して、朝鮮人の子どもを日本の学校に通わせることとした。戦後、復活した朝鮮人の学校は、東西冷戦の開始とともに、政府、アメリカ占領軍によって再び弾圧され、1949年前後には多くの学校が閉鎖、財産没収の処分を受けた。1950年代から70年代に再建された朝鮮学校は、都道府県では各種学校の認可を受けることになったが、政府は各種学校としても認可すべきでないという見解を表明し、さらに学校教育法に設けられた専修学校の規定では、「我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く」として、朝鮮学校などの外国人学校を学校制度から排除してきたのである。

20年ほど前まで日本にある外国人学校のほとんどが朝鮮学校であり、政府の外国人学校政策は事実上、朝鮮学校政策であったが、このような朝鮮学校への抑圧と排除の歴史が、2003年の大学受験資格問題、今回の「無償化」問題を生み出すこととなったといえる。

「無償化」がどのように決着するかにかかわらず、植民地支配の時代、東西冷戦の時代に在日朝鮮人の民族教育に対してとってきた政策を根本的に改めること、日本にある外国人学校を制度的にきちんと位置づけ、外国人の子ども達に「学びの場」を保障すること――私たちは現在、これらの課題に向き合っているのである。


みずの・なおき 人文科学研究所・教授、朝鮮近代史