京大教員のすすめる一冊(2010.09.16)

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「書を捨てよう、町へ出よう」とは劇作家、寺山修司の評論集のタイトルである。これを安易に読書無用論者の援護射撃と受け止めてはならない。寺山修司が立つに至ったこの境地がいかほどの読書量に裏付けられていることか。事実、この「書を捨てよう、町へ出よう」という言葉はジッドの『地の糧』からの引用である。

読書は生きる糧になる。単純な正比例ではないけれども、読書量の多さは、その人自身の知識量に匹敵する。どんな種類の本を、どんな風に読むかは人それぞれである。読書体験の差異が、人それぞれの個性を形作っている。

本当に捨てるべきは、本など読まなくとも知識の補填ができるというくだらない矜恃と、時に精神力を要する読書から自らを遠ざけようとする怠慢である。書を片手に、町へ出よう。

(編集部)

イアン・マキューアン『贖罪』(新潮社) 推薦=中畑正志・文学研究科教授


以前にもどこかの予備校から同趣旨のアンケートがあって、そこでは専門に誘う本とは別に「若い人に薦めたい一冊」を挙げろということだった。このとき私はジョン・ファウルズの『フランス軍中尉の女』を挙げた(メリル・ストリープ主演の映画のほうが有名かもしれないが、その原作である)。ところがこれが同業者から評判が悪く、そもそもこの本を読んだひとが少ないうえに、読んだひとでもあれは大人が楽しむ本で高校生に薦めるのは意地が悪いとか、もう翻訳が絶版で手に入らないじゃないかとか、散々だった。

もっともな話ではある。でも高校生のときにこそ、面白くて長い小説を、しかもできれば知的に少し背伸びをするようなものを読んで、読書の快楽にどっぷりはまってほしい。そして日常とは異なる方向に知性や感性を動かす経験をしてほしい。そうすれば、あとは自分の関心にまかせて、雪だるま式にどんどん本を手に取るだろう。──こうした私の思いは、いまもかわっていない。

だから、今回は『百年の孤独』でも『魔の山』でも、最近また話題の『カラマーゾフの兄弟』でもいいと思ったが、よーし、ここは、捲土重来。同じく英国の作家で、ある意味でファウルズの本と似た趣向ともいえる、イアン・マキュアーンの『贖罪』はどうだ。これならいま、新潮文庫で容易に手に入る。映画化もされている(残念ながら未見)。しかも文庫版の「解説」によると、英国では大学受験に必要なAレベル試験の課題図書だそうだ。これには少々驚くが、でも、もう大人向きなどとは言わせない。

実はマキュアーンの小説は、読む者を不安にさせるその技術(アート)に舌を巻くものの、私は必ずしも好きというわけではなかった。でも、この作品には文句なく脱帽である。一九三五年夏の英国の片田舎からははじまり一九九九年ロンドンまで続く物語は、一種の歴史大河ドラマでもある。さまざまな文学的な仕掛けにも満ちている。一種のミステリ仕立てのところがあるから、ストーリーについては、これ以上は沈黙することにしよう。最初の百頁ほどが、ひとによっては少し退屈かもしれないが、ともかく読み進めてほしい。緻密で美しく悲しい物語が、そこに待っている。

いまの高校生の多くのは、もうあまり小説など読まないのかもしれない。小説というジャンル自体も、もう死にかけているのかもしれない。それでも、小説が21世紀までは生き延びることができると確信させてくれる作品である。

フランス・ドウ・ウ゛ァール『共感の時代へ』(紀伊国屋書店) 推薦=中辻憲夫・物質―細胞統合システム拠点教授


人間の行動の基本である「利己性」と同時に示す「利他性」が注目されている。本来的にSelfishな人間が、それと同時に、互いに協力して助け合う行動は、どれだけ人間の本性に根差しているのか、という問いかけである。

世界経済や政治において、不安定化が進み人々が争う動乱の時代を予感させる事件、米国など金融経済界で巨大な欲望を露呈させた事件を経験するなかで、人間の本性は「利己性」だけと絶望的になりがちだが、この本は、そうではなく、人間は進化の過程で本来的に他者への「共感」と「利他性」を合わせ持つ動物である、という結論を、霊長類行動学の立場から、具体的な観察結果に基づく平易なエッセイ風文章によって、主張している。

おそらく普通の市民は周囲の人たちと助けあい、協力する気持ちを本来的には持っているのであるが、現在社会を見ると、地位が高い人たちの中に、目立って利己的な考えと行動を示す人たちが多く、不安を感じる。利己的な経済行動を自由化すれば、競争によって全体としては最適化するという考えと政策は、生存競争によって最適応者が選別されてきたという、生物進化論の単純で意図的な曲解に基づくらしい。

しかしながら、少なくとも哺乳動物や霊長類は、各個体ではなく集団として生活し発展してきた。進化の初期から、個体間争いによる序列安定化など競争はあっても、素早く助けあう集団を形成することによって、地球上での生存と発展に成功してきた。このような集団内では、メンバー同士が痛みや感情を敏感に感知することが必要であり、この能力は例えば他人の痛みを見ると自分の脳中枢が、あたかも同じ痛みを感じたかのように反応する、という生理学的仕組みまで作りだしてきた。これが「共感Empathy」の生物学的根拠である。

人間行動について興味深いエピソードを紹介している。米国軍隊の第二次大戦の前線において、兵士が敵を射撃したとき、過半数の兵士が実際に相手を狙って射撃するのを躊躇したという調査結果である。つまり敵ともいえども、人間を殺すことを本能的に避けてしまう。しかしながら、もしボタンを押すことによって遠隔地で自分が見ることもない人たちが殺されるという、自分の行動と殺人が実感的につながらない状況では、人間に本能的な躊躇は起きないだろう。あるいは、向き合う敵が、自分と同じような感情や家族をもつ人間ではなく、何か別種の生き物と感じる状況では、まったく躊躇ない殺人が可能になるだろう。

最近の世界で起きている事件を見ると、他の社会に属する人たちや、自分の周囲の人たちさえも、同じ痛みや悲しみをもつ人間として認識できない、あるいはその本能が抑制される「病気」が拡がり続けているのではないか、と危機感を覚える。今こそ、人間が生物進化の過程で獲得し、霊長類で既に確立した、他者の痛みと悲しみを共感する能力を抑制することなく尊重することが、この困難な時代を生きてゆくために求められている。

尾形純男・島田虔次『三浦梅園自然哲学論集』(岩波文庫) 推薦=福谷茂・文学研究科教授


中学高校時代は帰路の書店をハシゴするのが私の毎日だった。そのころ岩波文庫の定価は星の数で表示されていたが、一番安いのは星ひとつで50円。いまは絶版となった三枝博音さん編の『三浦梅園集』はそのうちの一冊で、哲学などと構える以前に、頭のいい人の頭の働きの現場の爽快さを味わうことができる稀有の一篇が巻頭の「多賀墨卿君にこたふる書」である。

ノーマルではなくアブノーマルにこころを奪われがちなのが人の常である。死の原因は追究されるが生の原因は追究されない。病気は研究されるが病気が治ったことの原因は追究されない。世間が解明を要求するのは犯罪の原因であり、犯罪が起こらないことの原因ではない。これが梅園のいう習気(じっけ)であり、梅園の核心である「反観合一」とは、習気を離れるための方法として考えられるのである。

梅園は次のようにいう。

「よく考がへ侍れば天壌の間、生死といひ往来といひ窮達といひ、善悪といひひとつとして偶なきはなし。そのもののひとつひとつも対せんが即陰陽にて、天といひ水といひ火といひ、名をつけてのきたれば、陰陽といふものはなし。唯一一の偶するもの又その内に一一偶し、果つることはなき也。」(「手引草」)。

桜島が爆発したときの梅園の反応である「桜島火変説」にあらわれているように、爆発を異常事としてひたすらその原因を探るのではなく、むしろ爆発しない静かな桜島にこそその原因が探求さるべきだということが、「反観合一」の真骨頂である。異常時の理由は平時に宿っている。逆に異常事が教えるのは平常事の理由にほかならないのだ。

こうして正常と異常、中心と周辺、内在と超越、日常と非日常といった反対概念を反観合一すること、これが梅園哲学である。

このような方法で事物の真相に迫ってゆく梅園は「上」からの思想家ではなく「横」の思想家ともいうべき存在である。原理の「上」からの演繹ではなく、「横」の相関化と相互対照によって内在的な理法を確認するが梅園の「条理学」のエッセンスである。抽象的原理の下降としてよりもむしろ、実際の具体物に即して発揮されることに梅園の思考の性格が強くあらわれている。彼の「条理学」は、その明晰性と徹底性において時代を超えてわれわれに訴えてくる力を持っている。

今ではより内容充実した尾形純男・島田虔次の『三浦梅園自然哲学論集』が入っている。しかしかわらず「多賀墨卿君にこたふる書」が巻頭を飾っているし、現代語訳まで添えられている。実は上に引用した「手引き草」も「桜島火変説」も『三浦梅園自然哲学論集』ではじめて読んだものだ。現代の高校生はこれらをも読めるので羨ましいと思う。

円満字二郎『数になりたかった皇帝』(岩波書店) 推薦=鎌田浩毅・人間環境学研究科教授


本書は漢字で書かれた「数」が紡ぎだす二八の優れたエッセイである。著者は漢和事典や高校の国語教科書を編集した経験がある。また新書などを通じて、漢字の世界を広く人々へ伝える仕事をしてきた。本書は、過去の人々が「数」に込めた思いを縦糸に、ものの考え方と古典の魅力を横糸に、数の物語を編み込んだ教養書でもある。

教養豊かなエッセイは、往々にして読み手の基礎知識を必要とする。知識がない場合、上に積み上げられる話の展開についてゆけないことがあるが、著者はうまく補ってくれる。

白楽天の対句を用いた章を見てみよう。以下は詩を引用した後の説明である。

「「三五夜」とは、十五夜のこと。「新月」とは、出たばかりの月。「二千里」は長安から江陵までの距離(唐時代の一里は約五六〇メートル)、「故人」は古くからの友人をいう。この二句が愛唱されてきた理由は、対句としての美しさにある。対句とは、構造が対象となるように作られた、ペアになった句をいう。(中略)このシンプルな対称性ゆえに、一読して忘れがたい印象を残すのである」(六二-六七ページ)。

こう書いてもらえば、白楽天の対句について何も知らなくとも良く理解できる。こうした痒いところに手が届く一言を至るところで加えている。

私自身も「科学の伝道師」として、火山学のアウトリーチ(啓発・教育活動)をする際に、こうした解説部分に力を注ぐ。著者には自明の事実でも、手間を惜しまず文字を重ねるのである。少しでも丁寧に手を差し伸べさえすれば、その深淵なる楽しみの世界に誰でも簡単に入っていけるからだ。本書にも、読者に対する著者の優しさが流れている。

また、目次を見て欲しい。謎めいた呪文のような言葉の数々が並んでいる。たとえば、第二章の「三五夜中 新月の色」。迷宮に引き込まれそうな文字列だが、正直なところ、門外漢の私にも意味が判らない。

しかし、心優しい編集者は、その下にナビゲーションのようなサブタイトルを付ける。「美しき白楽天の対句」。こう書いてくれれば読者は安心できる。いくらエッセイとはいえ、言葉遊びだけでは空中分解してしまうところを、しっかりと繋ぎ止めているのだ。

なお、サブタイトルには、孟子、良寛、太宰治、司馬遷といった有名人が名を連ねる。私などは登場する名前に惹かれ、すぐさま次を読みたくなる衝動に駆られる。目次を見た瞬間に、この本は立ち読みでは済まないな、という印象を受けるのだ。してやられたりである。

若い読者にとっては、読み終えた後に人生の見方が変わるメッセージも込められている。高校生には小論文のテーマとして参考になるかもしれない。

最後に、表紙カバーをそっとはずして、表紙を眺めてほしい。また不思議な美しい風景が現れよう。優れたエッセイとは本文だけでなく、こうした点まで楽しめる作品なのだ。本書は何重にも楽しめる随筆の逸品なのである。

ジェリーフィッシュ『クラゲのふしぎ』(技術評論社) 推薦=久保田信・フィールド科学教育センター准教授


多様な動物の素晴らしい生き様を知ることができる本を、若いうちにたくさん読んでおくことは、自分が人間という動物なので、生命の尊さとはかなさ、生命のたくましさといやらしさ、そして生き物を生かす自然環境とのつながりの大切さがよく分かるようになって、本当の愛情をもてたこの世で一番幸せな生き物になれると信じます。

生物の中でも、多細胞の動物は、50億年の長い地球の歴史のうちで、たった約6億年前から誕生と絶滅を繰り返し、目下、140万種ほどに増えて、この地球上でともに暮らしています。多細胞動物は約40動物群(門)に大別できますが、この動物門の95%が海に住んでおり、その半数は海だけでしか生きていないのです。陸上だけで見られる動物門は、たったの2門に留まっています。まさに、生命の母なる海なのです。

6億年もの昔から生き続けてきた動物群のひとつが、神秘の生命を宿しているクラゲの仲間です。クラゲの大半の種は、海の沿岸や沖合いでいろいろな生き方で生きています。なかでも、 ベニクラゲという小さな可愛いクラゲの生命は無限で、年をとっても、強いストレスを受けても、若い体に戻れる能力をもった世界で最も神秘な動物です。この若返りは繰り返し可能です。奇跡的性質をもつベニクラゲの秘密の他には、免疫とは逆でクラゲにもう一度手痛く刺されると死んでしまうことさえおこるアナフィラキシーや、美しく発光するオワンクラゲのGFPの社会的応用研究などで、ともに、昔あるいは最近、ノーベル賞さえ与えられたクラゲのふしぎも紹介されています。魅惑的でダイナミックなクラゲの一生のふしぎ、美しい色や形のクラゲのふしぎ、水を浄化したり、人を癒してくれるクラゲのふしぎ、逆に、あなどれないクラゲの被害、クラゲ標本のつくりかた、クラゲの歴史、クラゲの歌、クラゲを楽しむ日本の施設の紹介など、クラゲの基礎から応用までのさまざまな知識や情報などをわかりやすく、クラゲ愛好家、 “ジェリーフィッシュ”(一般人から専門家からなるグループ)の一員(経験豊かな10名)が代表して書いています。この本を読むと、きっと、直径わずか1mmから2mもの巨大な大きさに達するバラエティなクラゲの魅力に、つきせぬ興味をいだけるでしょう。世界屈指の多種多様なクラゲたちの住む日本のクラゲたちの魅惑の数々を楽しめるでしょう。わかりやすい挿図とともに、この本の最初の16頁と本文にちりばめられた数十種のクラゲのカラー写真は、クラゲの芸術的な造形美も堪能させてくれます。ふしぎな感動があふれてくるでしょう。

なお、本書は「知りたい!サイエンス」の一冊で、このシリーズには興味深い内容が盛りだくさんで、一読をお勧めしたいものばかりです。

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』(中公クラシックス) 推薦=末原達郎・農学研究科教授


外国を旅するということは、どういうことだろう。自分自身の国を離れ、外国の言葉に囲まれ、無理をして外国語を聞き取り、話し、相手に理解してもらうこと。あるいは、相手の言っていること、考えていることを理解しようとすること。そこには、数多い意味の取り違えと誤解が積み重なっていく。

このことは、なにも英語やフランス語などの大言語だけにはかぎらない。世界中には数多くの民族があり、言語がある。それぞれの言語の中に、細やかにひろがりをもった意味の体系がある。さらにその根底には、言語と密接に結びついたそれぞれの文化がある。

外国に旅することは、これらの文化を知ることである。それぞれの文化の中に含まれている「知の体系」の一端を知ることである。それは、日本の日常生活の中で培われてきた自分自身の文化や価値観と向かいあうことを意味する。時には、それは価値観のぶつかりあいをもたらすだろう。

心の内側に、自分でも気づかずに刻みこまれてきた自分の文化を、あぶりだす作業でもある。しかし、このことが、やがて自分の文化や社会を見直すきっかけとなり、より深い人間的価値への考察のはじまりとなる。

旅は、特に外国への旅は、肉体的にも精神的にも、多くの困難をともなう。しかし、旅の目的は、けっしてその困難さにあるのではない、とレヴィ=ストロースはいう。

ブラジルの森の中に住む、小さな社会の人々に接するための旅は、困難をきわめる。しかし、困難のはてに、これらの人々と出会うことによって、さらに、これらの人々の自然環境や、生活、ものの考え方をていねいにたどることによって、レヴィ=ストロースは、その思索を深めていった。

この 20世紀最高の思想家のひとりは、こうして他者の文化と自己の文化の間から、人類一般に関する独自の考察を紡ぎだしていった。『悲しき熱帯』は、その旅の、最初の記録である。

植村直己『青春を山に賭けて』(文春文庫) 推薦=阿形清和・理学研究科教授


最近はビッグコミック・オリジナルで石塚真一の『岳』なる山岳救助漫画が連載され人気をはくしている(映画化決定)。また、新田次郎(『国家の品格』の作者である藤原正彦の親父)の『点の記』が映画化されたことで、若者の山離れに少しは歯止めがかかったようである。昔の若者は、井上靖の『氷壁』や、新田次郎の『孤高の人』や『栄光の岩壁』といった実在の事件や登山家を題材にした山岳小説を読んで、山への思いを巡らせた。登山家達の闘いの歴史を描いた瓜生卓造の『谷川岳-生と死の条件』は、若者をより困難な登山へと傾倒させていった。

小生も、中学生の時に奥多摩の全山制覇、高校生で八ヶ岳・北アルプスに登り、浪人時代に憧れの南アルプスへと行き、広河原から北岳・間岳・農鳥岳(ピストン)・仙丈ヶ岳を経て北沢峠へと一日で踏破した。京大に入ってからは、理学部の先輩達がつくった<理岳会>なる冬山専門のクラブで、金比羅山で石をザックに詰め込んで、アイゼンつけてトレーニングに励んだ。そこには、常に死と背中合わせた、困難に挑戦する山登りがあった。美しい景色、誰もいない山、自然を独り占めしている快感は、もちろん登山の魅力ではあったが、小生が求めていたのは、困難を乗り越えた時にしか味わえない快感だった。

昔は若者が交代で深い雪をかきわけて(ラッセルして)、雪の中に道を作っていった。最近は、若者が冬山に行かないので、冬山に行くと永遠と続く雪に茫然とすることになる。閉塞的な社会状況がどこまでも続いているかのように目の前に雪が続いている。若い連中がラッセルしないことには、道はできない。若者の山離れによって、社会の閉塞状況を打ち破るパワーをなくしたような気がしてならない。年寄りの政治家には閉塞状況は破れない。破れるのは若者のパワーであり、そんな期待を大河ドラマの中の坂本龍馬に人々はダブらせている。このような状況下で若者にこの一冊を・・と言われれば、植村直己の『青春を山に賭けて』をいの一番に挙げる。植村直己の生き様をみて、骨抜きになった連中から<ラジカリズムを追求する若者>が少しでも出てもらいたいものだ。

《本紙に写真掲載》

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