〈映画評〉 『告白』(2010.06.16)

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中学校1年目の3月。松たか子扮するシングルマザーの担任教師・森口が3学期最後のHRで挨拶をする。ぺちゃくちゃとおしゃべりに興じるグループ。野球のボールを投げて遊ぶ男子生徒。ケータイでメールを打つ女生徒。誰も森口の話を聞いていない。もはやステレオタイプと言われてもしかたないような喧噪にまみれた教室。しかし、森口の一言。

「この中の2人が、私の娘を殺しました」

衝撃的な告白で始まるこの映画。だが決して、娘を殺した2人を捜すミステリーではない。森口は実名は明かさないものの、生徒達は誰がやったのかすぐに解ってしまう。そして森口は2人に個人的な復讐を宣言し、学校を去る。

登場人物がそれぞれの主観からの真相を告白していくという体裁で本作は進む。その告白の中にも嘘が混ざり込みながら、それぞれのトラウマや苦悩が浮き彫りになっていく。冷徹な復讐者を演じる森口も、娘を殺したと告発されたAとBも、社会にとけ込めない異質な化け物としてではなく、自分自身のどうしようもない愛憎や喜怒哀楽に振り回されるただの人間として描かれるのだ。

訥々と進む、暴力的とも言える告白の中で、ふとした静止画や涙が挿入される。私はそこに共感を抱き、それと同時に一種の悪寒や吐き気に襲われた。普通の人が、極限の状態に追い込まれたわけでもないのに、コンプレックスや嫉妬から人を殺してしまう。人間の弱さがにじみ出てくるのである。唐突に流れる涙や、物語とは無関係な空のカットに。そうして自分の中にある他人に対する理不尽な怒りを突きつけられるとき、自分自身の弱さにシンパシーを、また同時にそのことに恐怖や嫌悪を感じる。上映中に何度か席を立とうかとも思ったが、「この物語が迎えるに違いない破滅を見たい」という欲求が、私にそうさせなかった。怖いもの見たさと言うべきなのか定かではないが、とにかくその結末を知りたいと思わせる映画。

ところで、本作は暴力的な描写、畳み掛けるショッキングな展開、そして「命」という重厚なテーマから、当然この映画には賛否両論様々な評価があってしかるべきであろう。だが純粋に映像作品、視覚と聴覚をもって体験する芸術作品として見たとき、この映画に低い評価を与える者はいないと感じる。

例えばシーン毎の音楽。急降下と急上昇を繰り返す様は、視聴者の心の準備などお構いなしに、まるで襟をつかまれて無理やり暗い路地に引き込むよう。

例えば映像の演出。この作品ではカーブミラーが対話の場面で何度か使われるが、それは登場人物たちの歪んだ関係を表しているのか。

そしてなにより、松たか子をはじめとする俳優たちのむき出しの演技が、この映画に臨場感と「気持ち悪いけど見たい」と思わせる奇妙な魅力を与えている。

しかし、このドロドロとした魅力に引き込まれて2時間、最後の「なーんてね」という言葉に私は安堵し、スタッフロールに挿入される青空のカットに心が洗われる。映画館を出る頃には日常に帰ることができる。だがその直後、「一体どこからどこまでが嘘なのか」わからなくなる。森口の復讐が嘘だったのか、最後の涙が嘘だったのか、AとBの犯行が嘘だったのか、はたまたこの作品自体が「嘘」だったのか。おかしな話だと思うのだが。

映画『告白』は東宝配給にて全国の映画館で公開中。R15指定。(書)

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